16 核心
*
(疲れた……)
行きの馬車では大した疲労を覚えなかったのに、帰りの馬車はとんでもなく疲れた。
恐ろしい存在だと再認識したアインハードが目の前にずっといるストレスもあるだろうが、やはりシュルツハルト視察での疲れが溜まったんだろう。
私室で着替えを済ませると、お茶の準備をしていたヒルデガルドに、さっきから疑問に思っていたことを聞いた。
「そういえば、シャルロットは? 姿が見えないようだけれど」
「エウラリア様のところに出かけられたそうですよ」
「あら、そうなの……」
エウラリア・エクラドゥール、か。久々に名前を聞いたな。確かあの後も結婚せずに巫女になったんだったか?
中央神殿ではなくキャロルナ公爵領内の小さな修道院に自分から入ったことで「そうまでして亡きアーダルベルト王子に操を立てるか。なんて貞淑な令嬢なのだ」と当時話題になっていたが。
……元気にしているだろうか。
(ああ~てことはつまり、
いつもは出迎えもしてくれるのになあ。
薔薇園の一件から、ろくに義妹の笑顔を見ていない気がする。正直さびしいので、仲直りがしたい……いやそもそも俺は怒ってないんだけど。
「そういえば、お父様のご容態はどうなのかしら。しばらく公務が忙しくて、お見舞いに行けていないけれど……」
「あまり芳しくないとのことです。季節の変わり目ですし、御体調を崩しがちだとか」
「……そう」
原作では、ディアナの成人後すぐに国王が亡くなり、ディアナは戴冠した。
その通りになるなら、今年の冬にはもう父王は死んでしまうということになる。
王太女になるまでは定期的にお見舞いに伺っていたが、最近は父の顔を見ていないし、声も聞いていない。……せめてもう少し会いに行ければいいのだが。
「最近はキャロルナ公爵も陛下のお顔を見にいらしていないそうです」
「キャロルナ公爵? 今まではよくお父様のお見舞いにいらしていたの?」
「そのようですよ。……ですが最近は、宰相閣下がそれとなく断っているそうです」
(宰相が? なんでだ……?)
ふと、アインハードが初めて社交界にお披露目された、あの夜会の日を思い出す。
暗殺者に襲われたあの時、俺を見て目を細め、笑ったキャロルナ公爵――。
「殿下、私です。少々よろしいでしょうか」
「イーノ? 構わないけれど……」
許可を出せば、失礼します、との言葉とともにアインハードが入室する。
「実は、お聞きしたいことがあるのですが……ああ、先に、ヒルデガルド女史」
「なんでしょうか」
「先程廊下ですれ違ったのですが、新人侍女の方が困っているようでしたよ。申し付けられた仕事の勝手がわからないとかで、あなたを探していました」
ああ、とヒルデガルドが無表情のまま溜息をついた。
「そうでしたか。未熟者が騎士の手間を取らせたようですね。お知らせありがとうございます。……姫様、わたくしは少々失礼いたします」
「構わないわ。新人なら仕事も慣れないでしょうし、助けてあげなさい」
言えば、ヒルデガルドは返事の代わりに深く頭を下げ、部屋を出て行った。急ぎ足でも侍女長としての気品を損なわないのはさすがである。
「……それで、わたしに聞きたいことというのは一体なんでしょうか? イーノ」
「いえ、大したことではないのです。ただ……ずっとここに来てから気になっていて。お答えいただけますでしょうか」
「ええ。わたしに答えられることなら、答えるわ」
そうですか、と、アインハードは薄っすらと微笑んだ。
――そして、
「では、なぜあなたが聖女を名乗っているのかについて。
お答えいただけますか?」
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