9 護衛騎士イーノ・スターニオ

 *




「え……自害?」

「そうなのです。申し訳ございません……どうやら新人の憲兵が死なせてしまったらしく。身元も、命じた者も、わからずじまいです。恐らく専門の殺し屋でしょうが……」



 暗殺未遂事件から数日後、苦々しい表情の宰相から齎されたのは下手人の死だった。なんと、獄中で毒を飲んで死んだらしい。


 よく牢の中に毒なんて持ち込めたな、と思うが、王族を暗殺しようとする奴なんて、刃物を持ち込むのに身体の中に隠したりさえするらしい。だったら、自決用の毒なんて持っていて当然なのかもしれない。


「殿下の命を狙うため、裏で糸を引いている人物を聞き出せなかったのはとんだ失態です。どうかお許しを」

「……憲兵隊は閣下の直轄ではないのだから、そんなに責任を感じなくてもよいでしょう」

「ですが私は宰相、百官の長です。憲兵は官吏。官吏の失態は私の失態だ」

「閣下のお気持ちは、わからなくもないのですが。そもそも、死なせなかったところで裏にいる人物をあぶり出せたかはわからないのですし……」


 むしろ、下手につつかなくてよかったんじゃないだろうか。藪蛇な気がしてならないし。


 苦い顔をしている宰相に乾いた笑いを漏らしながら、俺は勝手に最近自分の護衛騎士として新たに側近となった人物の姿を思い出し、勝手に鬱になった。


「……ただ、一つ気になる点がありまして。これだけは申し上げておこうと」

「なんでしょうか?」

「例の者は、どうやら、南部の魔物から摂れる毒物を摂取して死んだそうです」


 これを、と、検死報告書らしいものを渡される。まあ、読んでみたところで、王族としての教養教育に検死のアレコレなんてないので、内容はよくわからないのだが――。


(魔物の毒で自殺ねえ……)


 これは、あれだ。――役満というやつではなかろうか。 

 じわじわと胃が痛んでくる。……ああまさか、暗殺者をけしかけて、自分で助けて、売り込んできて、実行犯を自決させるような男が、護衛騎士になるなんて。

 そしてそれに気がついていることを、間違っても顔に出してはいけないだなんて――無論命の危機だからである――いささか理不尽じゃなかろうか。


 俺は憂鬱な気持ちで宰相との面会を終えると、部屋の外に出て、新しく側近になった黒髪の美青年を見上げた。



「――待たせましたね、イーノ。行きましょうか」

「とんでもございません」



 そう。魔国太子アインハード(俺の脳内暫定黒幕)は、俺を助けた功績で、あれよあれよという間に王太女の護衛騎士になることが決まってしまったのである――。





 ――ああ。

 事態がどんッどん悪くなっている。泣きたい。


 俺は確かにシャルロットをいじめていないし、王の養女として迎え入れ、王女としての扱いを受けさせているものの、逆にそれがシャルロットへの反感を集めていることも知っている。月の神子候補として王族になったのに、結局月の神子ではなかったという汚点を背負った、平民の血を引く王女。そうやって、一部の貴族に軽んじられていることも。


 本意ではないとはいえ、本来背負わなくてよかった悪評まで背負わせてしまっているのは俺だ。しかも真の聖女が本当はシャルロットだという事実を踏まえたら、俺なんてはたから見れば原作の王女と遜色ないクズである。


 さらには、明らかに俺にいい感情を持っていない魔国太子が常にそばにいるという環境。アインハードからすれば俺なんていつでも殺せる対象だということだ。


(拒めるもんなら拒んだんだけどなあ)


 命を救われた事実があるのに護衛されることを激しく断れば「平民だからそれほど嫌悪するのか」みたいな難癖を人権主義者からいただきそうだったので、拒むのは無理だった。統一大会優勝者は国民にも貴族にも尊敬されるので、対応に気を遣うのである。



「お義姉様、お戻りになられたのですね!」


 アインハードを連れて歩いていると、シャルロットが駆け寄ってくる。


 アインハードが俺の護衛騎士になってから、義妹とは以前よりもさらに顔を合わせる頻度が高くなった気がする。姉妹とはいえ王族だ、公務もあるため、普通そこまで毎日顔を合わせることもないはずだ。それなのに、ほぼ毎日会っている。

 シャルロットがアインハードに惹かれている事実を遠回しに指摘されているようで、これにも胃が痛い。

 

「宰相閣下と何をお話になられたのですか? ……あ、内密なことでしたら、無理におっしゃらずともよいのですが」


 言いながらも、アインハードを横目でちらちら窺うシャルロット。

 うん、やっぱ気になるよな? こいつのこと。ほんとは自分の護衛騎士にほしかったよな? ……俺だってできることならお前に熨斗つけて渡したいよ。


「いえ、そのうち耳にも入るだろうから、大丈夫よ。……どうやら件の殺し屋、隙を見て自決してしまったそうなの」

「自決……? 命じた者の正体はわかったのですか?」

「いいえ、それがわからなかったそうよ。わかったことといえば、自決に使った毒が特殊だったということくらい」

「そう、なのですか。……自決なんてさせるくらいなら、やっぱりわたしがこの手で……」

「ん、シャルロット? ごめんなさい、後半が聞こえなかったのですけれど、もう一度お願いできる?」

「いえ、些事です。どうかお気になさらず、お義姉様。……それより」


 シャルロットがふわりと微笑んだ。

 そして優雅な足取りで俺の横を通り過ぎ、アインハードの前に立つ。


「護衛騎士の仕事には慣れましたか、スターニオ様」

「……イーノ、で構いません、第二王女殿下。ええ、大分慣れました。田舎出で不出来な私のために、王太女殿下はお心を砕いてくださいますので」

「……そうですか。それはよかった」


 心なしか冷ややかな声でそう言ったシャルロットが、今どんな顔をしているのか見えなくて怖い。


「お義姉様は次期女王にして、月の神子様でもあられる、この国でもっとも尊い方の一人です。引き続き、くれぐれもお義姉様をよろしく頼みましたよ」

「……心得ております。あの、シャルロット殿下、不躾ですが――」

「なんでしょう」


 アインハードが何か言いたげに、口を半開きにした。

 ……アインハード、何かを見てないか? 

 視線の先にあるのはシャルロットの手、だろうか。上品に重ねられた手元をじっと見ている、ような気がする。

 そしてそのシャルロットが促すように僅かに小首を傾げたが――しかし、彼は結局何も言わずに口を閉じた。


「……失礼いたしました。なんでもないのです」

「そうですか」


 シャルロットは淡々とした声音で応えると、俺を振り返る。


「お義姉様、今日の午前中のご公務は終わられましたか? もしそうなら、庭の薔薇園でお茶でもいたしませんか? キャロルナ公妃さまから、おいしいお菓子をいただいたのです」

「あら、でも、いいの? お菓子は、せっかくなのだから公子といただいたら?」

「……お義姉様と一緒にいただきたいのです。もしかして、まだお忙しいでしょうか?」


 上目遣いはずるくないかシャルロット。

 本心は、俺でなく俺についてくるアインハード目当てなんだろうが、ドキドキきゅんきゅんしてしまう。

 なんてったってシャルロットは世界で一番おひめさまなのだ。



「いいえシャルロット。あなたが望むなら、もちろん、一緒にお茶をいたしましょう」

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