7 襲撃

 *




 ドキドキ(白目)魔国太子との初邂逅を終えてしばらくすると、夜も更けて場が温まってきたからか、だんだんと賑やかになってきていた。


 俺も乞われて踊りはしたものの、別にダンスが好きなわけでもないので、壁の花を決め込んでいた。

 だいたい、こういう場では、王女様は出しゃばらない方がいいだろう。しかも俺は次期王、品格を保つためにも、話しかけるのではなく、話しかけてくる勇者を待つのが正しい振る舞いだ。


 ちらとアインハードの様子を窺えば、騎士を目指す貴族子息や、あの美貌に目を奪われた令嬢らが彼に群がっている。令嬢方の注目の的になるのは当然だろうし、学生とそう変わらない年で騎士団の花形部隊に配属されたことに憧れる男がいるのもわかる。


(近衛部隊の騎士って、国王直属って銘打ってるだけあって、めちゃくちゃ強いもんな~)


 実は俺も、護身術の一環で十二歳ごろから剣の訓練を受けている。原作では、ディアナが護身術の訓練を受けたもののとっとと投げ出してしまった、という描写がさらりとあったのだが――実はこれが意外と続いている。なので、俺も少しは騎士団事情がわかるのだ。


 講師には近衛騎士や引退したベテラン騎士がついてくれることもままあり、しごかれつつも素質を褒められたこともある。

 完全にインドア派だった前世の俺からすると、せっせと剣を振っている自分が信じられないところはあるのだが、たしかに身は守れた方がいい。いつ何時危機にさらされるかわかったもんじゃないのは確かなのだ。



(しかし、疲れたな……)


 ――煌びやかな夜会は、なんとも肩が凝る。


 それに、元がド庶民の俺としては、これほど豪華な舞踏会を国民の税で繰り返し開いていることに、どうしても違和感が拭えない。社交が王侯貴族の仕事で、財を使うことも時には必要なのだとわかってはいてもだ。


 贅沢で、何不自由ない生活を一番に享受している俺がこんなことを考えるのもいっそ滑稽だろうが――どうしても、十歳の時にあの少年と交わした約束が頭を過る。


(国をよくするって約束を果たすどころか、自分の身の安全と政治基盤すら危うい女王候補だよ、俺は)


 情けないことに。


「……少し外の空気が吸いたくなりました。バルコニーに出てくるわね」

「さようですか。では、我々も」


 護衛騎士に場を離れると伝えると、案の定付いてこようとしたので、かぶりを振った。


「大丈夫よ、少し出るだけだから。それほど長い時間ここを離れるわけではないから、ここで待っていてください。……なんだか人酔いしてしまったから、一人になりたいの」

「……さようでございますか。かしこまりました、ですが、なるべくお早いお戻りを」

「ええ」


 危機管理的な問題で、普通、主は護衛騎士の目がないところでうろちょろすべきではない。……だから護衛騎士の渋面は当然の反応だったが、俺からすると大袈裟に感じて苦笑してしまう。



 バルコニーに出れば、眼下に広がる王宮の庭だけでなく、城下の街並みまでよく見渡すことができた。電灯もガス灯もないが、家々の灯は見えて、これがなかなかの夜景だった。

 後ろを振り返れば硝子越しに夜会の様子が見える。ただし、硝子の窓一枚隔てただけでほとんど喧騒から切り離されたので、防音の魔法陣で敷かれているのかもしれない。


(あれ、あの人……もしかしてキャロルナ公爵か?)


 ひしめく人々の間から見えた男に、俺は目を見張った。


 ……キャロルナ公爵も来てたのか。いや、息子が実質的な主役の夜会なんだからおかしくはないんだけど、なんか、こういう煌びやかな会は苦手なのかと思ってた。なんつうか陰キャ臭がするし。


 冗談は置いておいて、対立派閥の長だ。警戒心を持って、話しかけられた時のことも考えておかなきゃな――と、そう思ったその時。


 ふと、キャロルナ公爵がこちらを見た。

 バチッと視線がかち合い、反射的にびくりと肩が跳ねる。



(今、目が合った、よな?) 



 そう考えた、その刹那。


 背筋を悪寒が走り抜け、何かに弾かれたようにその場を飛び退った。シャッ! と鋭く風を裂く音が耳を掠め、月の光を反射する白い刀身が闇夜で光ったのが見えた。


 ――全身を隠した黒い外套の男が、いつの間にかそこにいた。


(襲撃……! 暗殺者か⁉)


 冗談だろ。こんなに騎士も普通の貴族も集まってる場所で、正気か? 

 こんなところじゃあたとえ標的――恐らく俺だ――を殺せたとしても間違いなく捕まるだろうに。それとも、死間の類なのだろうか。


 突き、薙ぎ、払い。繰り広げられる攻撃を避けながら、バルコニーを出ようとするが、うまく暗殺者の身体で入り口を塞がれていて通れない。邪魔だなオイ。


 護衛騎士は異変に気づいていないのか? 

 ……いや、置いてきたから人だかりの向こうだな。


 男がほいほい声をかけてくるような可憐な令嬢ならともかく、俺は王太女で月の神子。一人になりたいと言えばそれを邪魔されることはないので、逆にそれが悪く働き、騎士たちも異変に気づくのが遅れているようだ。



(くそっ……どうする?)

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