5 お前かよ

  *




 さて、三日後である。


 時折離宮で行われる夜会は常に豪華で目に眩しいが、今日はそれが一段と顕著だ。

 当然、第二王女シャルロットとキャロルナ公爵令息ディーデリヒの婚約発表から一年が経った記念の日というのも大きいが、貴族学院が長期休暇中で、貴族の子女たちが一斉に参加できる季節だからでもある。


「王太女ディアナ殿下、宰相エクラドゥール公爵閣下、ご入場です」


 夜会――舞踏会は身分が低い人間ほど先に入場するので、次期国王と宰相である俺たちは最後の入場だ。すぐ前に入場したらしいシャルロットとディーデリヒがすぐ近くでこちらを見上げている。


 社交界デビュー後の未婚女性のエスコート役は恋人か婚約者が務めるのが普通だが、そうでない場合は父親や兄が務めることもある。俺と宰相の間に血縁関係はないが、国王が長く臥せっている関係で宰相と俺が親子同然の関係――実態はもっとドライだが――であることは皆に知られているので、問題はない。大切なのは内実ではなく外聞である。


「宰相閣下。お久しぶりでございます」

「シャルロット殿下、キャロルナ公子。息災そうで何よりです。ご婚約からもう一年ですか。早いものですね」

「……ありがとうございます」


 シャルロットはやや複雑そうな笑みを浮かべて礼を言った。


 宰相には直系の息子がいない。最大派閥の頂点とはいえ、王族の姫と他派閥の長の長子との婚約を面白く思っているとは考えにくいため……宰相の心情を慮るならまあ、シャルロットも反応に困るだろうな。


「それにしても、今宵は随分と学生が多いようですが、何故なのかしら? 長期休暇シーズンだからとはいえ、なんだか随分集まりがいいようだけれど、シャルロットと公子の人気がそれほどに高いのかしら」

「ああ、それは、王太女殿下」するとディーデリヒがおずおずと口を開いた。「私とシャルロット様の人気が、とおっしゃってくださるのは嬉しいのですが……恐らく、今日初めて社交界に顔を出す『彼』を見に来たのかと」

「『彼』?」


 ――聞いた途端、ぞっと、悪寒が背筋を駆け抜けた。


 な、なんだ? 

 よくわからんが、猛烈に嫌な予感がする。


「ええ。今はどうやら席を外しているようですが……あ。来ましたよ」


 瞬間。

 会場が――否、ご令嬢方の塊が、大きくどよめいた。そして、モーセの海割りさながらに、誰かに道を譲っているのか、ご令嬢方の間にひと一人分の道が開いた。


「王立騎士団の間でも評判になっているようです。あれが、今年の武術統一大会で文句なしの最年少総合優勝を飾り、一代貴族となった――イーノ・スターニオですよ」



 っって、

 お前か~~~~~~~~~~~~~い‼



 星のない夜空を思わせる漆黒の髪。透き通るように白い肌。高い鼻梁に薄い唇。緋色の瞳は血の赤を思わせるが、滲む禍々しささえ妖艶な美しさを演出している。


 神々の中でも特に顕著にうつくしいとされる春の女神がシャルロットなら、彼は闇の神だろう。

 あるいは、真っ黒な空に浮かぶ赤い満月の化身か。


(スターニオ? 馬鹿にしてる。完全に、魔国オプスターニスのもじりじゃないか!)


 イーノ・スターニオ。つまりは――魔国王太子アインハード。

 小説じゃ名乗っていた家名までは知りえなかったが、馬鹿にしている。


 そしてこの時、シャルロットと同じ十八歳。この妖艶さで年下なんて、質の悪い冗談だ。


(そうだ、そういえば、女主人公シャルロットは十八歳の時、夜会で初めて彼を見るんだ。そしてアインハードも、シャルロットを知る。その豊富な魔力のことも)


 くそ、なんで忘れてたんだ、俺は! このことを覚えてたら、もっと身構えてたよ!

 ……いやでも、しょうがなくないか? 

 だって、俺が原作を読んだのなんて、実質十年以上前のことだぞ? 


 そもそも、二人が初めて会話らしい会話を交わしたのは、王宮で再会を果たしてからだ。「夜会で会いましたよね」的なセリフで出会いをほのめかされただけなので、そこまで細かく意識して記憶しておくなんて、俺の頭じゃ到底無理だ。


 ………………しっかし、顔がいいな、アインハード。

 シャルロット同様、いつまでも見てられるレベルの美貌だ。かっこよすぎる。語彙力が溶ける。


 あーあ、俺もあんな顔に生まれてみたかったな。

 きっと人生百八十度違ったと思う。


「お義姉様……? どうかなさいましたか? お顔の色が……」

「いえ、なんでもないの。大丈夫よ」


 大丈夫ではない。だが素直にそう言うわけにもいかないので、なんとか笑顔を作った。

 その時だった。



「――王太女殿下、第二王女殿下。それから、宰相閣下にキャロルナ公子でいらっしゃいますか」

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