4 使い古されたラブコメ
「それに公子はきっと、三日後にある夜会の打ち合わせに来たのよ。婚約してそろそろ1年になるものね、王女とキャロルナ公子の仲睦まじい様子を貴族たちに見せることには大きな意味がある。明日またいらっしゃるでしょうから、今度は邪険にしてはだめよ?」
「……かしこまりました。キャロルナ筆頭公爵閣下のご子息を無下にすると、お義姉様にご迷惑をおかけしてしまいますし、注意いたします」
「また、そんな素直でないことを言って……」
しかしシャルロットの言うことも間違いではないのだ。事実、キャロルナ公子と、第二王女の婚姻には、大きな意味がある。
(キャロルナ公爵は公爵家の婿となったが、元第二王子――準王族だ。『万一』の時には王族に戻り、王位継承権を付与される立場にある)
キャロルナ公爵は、俺の後見である宰相とは対立する派閥の長だ。だからこそ、第二王女であるシャルロットとの婚約は、政治的に大きな意味合いを持つのだ。
(両派閥の歩み寄りが成功するかどうかは、今後の俺の治世に大きく関わる)
――なぜなら、アインハードと魔国という障害以外にも、俺の抱える問題は多い。
後ろ盾になってくれるのは宰相だが、彼も有能な政治家で、決して甘い人間ではない。無能な王と判断されれば傀儡にされてしまうだろう。王弟だって、うまく扱うことができねば、血で血を洗う内部紛争が始まりかねない。
(アイ×シャルのことを考える余裕とか、正直ないんだよな~……)
アインハードとシャルロットの婚姻の可否だけ考えるならば、魔国との同盟を結ぶための政略結婚、という体を保てればなんとかなるかもしれないが。
魔国と友誼を結べるのは正直、内憂解決よりも大きな意味がある。
なんせ家畜、ひどければ人を喰らう魔物はこの世界共通の悩みの種だ。魔物と共存し、ある程度とはいえ支配できる魔族と敵対せず友誼を結べれば、外交でこれ以上ない優位性を持てる。
「終わりました、お義姉様」
「ありがとうシャルロット。じゃあ、ヒルデガルドを呼んで、お茶にしましょう」
「はい。では、わたしが呼んでまいります」
いつもの王女のドレスに着替え、シャルロットがヒルデガルドにそれを伝えに行けば、素晴らしい手際でお茶の用意がされた。玄人のなせる業である。
迅速に、そして提供した時がもっとも美味しくなるように調整されたお茶。
甘い焼き菓子の香りと、紅茶の素晴らしい香りが混ざり合って幸せだ。
「……あの、お義姉様も、三日後に行われる離宮の夜会にはいらっしゃるのですよね? エスコートは、どなたに頼まれるのですか?」
「ウッ」
……そうだ、その問題があったな。くそー、どうしようかなあ。
そう、俺にはまだ婚約者がいない。野郎との婚姻が嫌でそれとな~く逃げていたら、いつの間にか成人直前まで婚約者ナシで生きてこれてしまったのだ。
「……や、やっぱり、宰相閣下かしら? 幼少期から御世話になっているし、もう一人の父のようなものだし。いささか急だけれど、受けてくださるわ、きっと」
「エクラドゥール公爵閣下ですか……確かに、わたしにもとってもよくしてくださいましたし、恐れ多いですが、わたしも義父のように感じております」
なんだかほっとしている様子のシャルロット。まあ、一応味方の派閥の筆頭だもんな。
「……では、しばらくお義姉様は婚約者の方を選ばれないのですね?」
「うーん、そうね。わたしは(野郎との)恋愛はよくわからないから、きっと、政治的に一番都合のいい婿を選ぶことになると思うのだけど、とりあえずキャロルナ公子はあなたの婚約者になったことだし、しばらくは婚約話もないかもしれないわね」
できうる限りその手の話は引き延ばしたい。後継者問題も考えたくないぜ……。
「さようですか……」
なんでちょっと嬉しそうなんだろうか。
「――あら、シャルロット」俺は話題を変えるために、わざとらしく声を上げた。「あなた、口元にクリームがついているわよ」
「え! いやだ、本当ですか。どこに……」
「ほら、ここよ」
ちょっとだけクリームがついていたのは本当のことだったので、指先で唇の端を拭ってやる。もったいないのでペロッとそのクリームを舐めれば、背後で「ごほん!」と、ヒルデガルドの咳払いの音。今のはどうやらはしたない振る舞い判定だったらしい。
見ればシャルロットも真っ赤になっている。
え、ごめん、これってもしかしてセクハラ判定?
(確かにベタなラブコメみたいなことしちゃったけど、姉妹じゃん? 許して??)
まあ、日本の姉貴に同じことしたら殺されただろうけど。
今は俺も美少女だもん。許されるはず。
「お……お義姉様……ありがとうございます……」
「え、ええ、いいのよ。でもごめんなさい驚かせて。もうしないわ」
「え! いえ! あの! またしていただいても! わたしは全然構いませんので!」
「う、うん……?」
なんだか異常に押しが強い。
困惑していると、ヒルデガルドが冷え冷えとした声で「構います」と言った。さもありなんである。
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