3 クソバカ婚約者(未定)

 *



 城へ戻ると、俺とシャルロット、それからそれぞれの護衛騎士と側仕えの一行を、とある青年が出迎えた。


「お帰りなさいませ、王太女殿下、シャルロット様」


 政務や国家的な儀式、外国使節の謁見などに使う外廷を抜け、姉妹が生活する居住空間・内廷の北部分に向かうための廊下。そこにいた彼――ディーデリヒ・キャロルナ公爵令息は、公子らしい優雅な装いのまま、貴人然とした笑みを浮かべた。


 そう、キャロルナ公爵令息。原作で、自分から夫人に望んでおいたシャルロットを裏切って、王女の愛人になった――あのクソバカ婚約者である。


「これは……キャロルナ公子」


 なんでいるのと思っていたが、そういや、面会予約があったような気がする。ちなみにこの世界でも、こいつはシャルロットの婚約者だ。原作と違って、婚約はこいつから申し込んだものではなく、国王の決めた婚約だったが。王の養女と公爵子息、身分のつり合いもばっちりである。


「お久しぶりですね。お元気そうでよかったわ」

「殿下がたもお変わりなく。王太女殿下、今日は大変お疲れ様でございました」

「……ええ、ありがとう」


 お疲れ様って思ってるなら、神事終わってすぐに来たりするなよな~。


 確かに今日って話だったけど、もう少し後だと思ってたよ。……まあ、用事はシャルロットに会いに来ることだから俺は関係ないってことなのかもだけど。


(普通に話すだけなら好青年なんだけど、頭が軽いっていうか……)


 悪い奴ではないのだろうがアホなのだろう。だから原作でディアナに篭絡されるのだ。


「あの、それで王太女殿下」そわそわしだした公子が、俺と、それからシャルロットを交互に見る。「私は……」


 はいはいさっさと話でも茶会でもいいからシャルロットと二人きりにさせろってことね。

 わかってるよ、去るよ……と思ったところで、「キャロルナ公子」と、シャルロットが彼に呼びかけた。心なしか冷ややかな声である。


「王太女殿下は、神事を終えられたばかりで大変お疲れです。ご用事ならば日を改めてからお願いいたします」

「えっ」


 公子が目を丸くする。そりゃそうである。こいつはシャルロットに会いに来たんだから。


(何故追い返す……?)


 シャルロットは彼が嫌いなんだろうか。

 原作では裏切られるまで仲良しだったはずだが。


 原作ではシャルロットの美貌に惹かれた公子が彼女にプロポーズしたのだが、なんだかんだシャルロットのほうも厳しい宮廷生活の中で、彼との時間だけを心の拠り所にしていたのである。

 読者としてはどこか脳内お花畑っぽい(感じで書かれている)彼を本気で好きでいる様子のシャルロットが心配だったんだが――案の定裏切られたんだよな。

 彼を好いていて、彼に救いを求めていたからこそ、小説の中のシャルロットは裏切りに絶望していて、それが大層痛々しかった。

 しかも奴はシャルロットを捨てる時、言うに事欠いて「平民の血」をこき下ろしたのである。信じらんねえ。同じ口で愛を囁いといてどんだけ面の皮が分厚いんだ。


(まあ原作のシャルロットと違って、うちの子は王女として教育を受けて人を見る目が育ってるからな~~~~!)


 …………育ってるから、俺がどうしようもない凡人で不誠実な人間だってことも、バレてるかもしれないんだよなあ…………。


「行きましょうお義姉様」

「えっ、あ、あの、ええ……はい……」


 いいのかな公子、放置したままで。それとも、俺と彼が話してるのが嫌だったとか? 嫉妬?

 おいおい~~やめとけよ、お前の運命の相手はアインハードなんだからな。俺、ディー×シャル地雷です。


(てかそういえば、ディー×シャルにならないようにするためにはどうすればいいんだろうな)


 原作ではシャルロットを裏切ったことで離れた二人。しかし俺は二人の仲を自分から引き裂くつもりはない。

 このままだったら二人は順調に結婚するだろう。してしまうだろうという方が正しいか。


 なら、俺が二人をどうにかして婚約破棄させた方がいいのか? 

 でもそれはちょっとなあ。いくらアイ×シャルのためでもリスキーすぎるというか……。


「お帰りなさいませ、姫様方」

「ただいま戻りました、ヒルデガルド。して、お義姉様のお召し物ですが」

「既にご用意いたしております。お着替えが終わられましたら、お茶とお茶菓子をご用意いたしますのでお声がけくださいませ」

「ええ、ありがとう」


 俺の代わりにシャルロットが応え、そして俺はそのシャルロットに手を引かれて自室に入る。そして、着替えだ。


 王女の着替えは多くの侍女たちが協力して進めるものだが、聖女の服からドレスに着替えるなど、神事にまつわる諸々の世話は『聖女の専属側仕え』として第二王女シャルロット一人が務める。……別に神事後の世話はシャルロットだけでなくてもいいのだが、魔力譲渡のための……あの……キスの時間を取るために、なんとか『聖女の世話は専属の側仕えである第二王女がするもの』という習慣を無理矢理作ったのである。


 俺は着替えを手伝ってもらいながら(さすがに十年以上ディアナをやっているのでもう着替えに関する羞恥はない)、口を開く。


「シャルロット、どうして公子を邪険にしたの。ああいう態度はいけないわ」

「だって、お義姉様がお疲れだとご存知のはずなのに、不躾でしょう」

「面会予約はあったのだし、不躾というほどじゃないでしょう。それに、せっかく訪ねて来てくださったのよ」

「……そんなに庇われるなんて。お義姉様はあのおと……あの方がお好きなのですか?」


『あのおと』って何……?

 なんて思いつつ、「そうではなくて」と否定する。


「公子はあなたに会いに来たのだから、冷たくしすぎてはいけないわ。……それとも、わたしが彼と話していたのがそんなに嫌だった?」

「そういう、わけでは……」


 困ったように、ほんの少し拗ねたように眉尻を下げるシャルロット。

 え、かわい……。天使かな??


 ハァー、やっぱりシャルロットはあのアホ公子が好きなんじゃないか。あいつ、所詮は当て馬のくせに、一時的であってもうちの義妹に好かれるなんて。マジ腹立つ。


「大丈夫よシャルロット。お義姉様はあの方に手を出したり、特別仲良くしたりしませんからね。わたしにやきもちを妬かなくたっていいのよ」

「…………はい」


 長いな~、間が~~~~。そんなに信用ない、俺?

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