7 答えのない
*
――第一王子アーダルベルトが、立太子礼の前日に死んだ。
その報せは、思いのほか早く国全体に浸透した。
王宮の、中央庭園を散歩している最中に、突然倒れたのだそうだ。
なかなか帰ってこない王子を心配した護衛騎士が庭園を捜索していたところ、薔薇園の辺りで倒れ伏しているのを発見した。しかし、その時にはもう手遅れで、息はなかったという。
目立った外傷はなかったため、宮廷に侍る医者によって、すぐに毒死と判断された。すわ誰かに毒を盛られたのかと騒ぎになりかけたものの、追って王子の遺体を調べたところ、蜂に刺された痕跡が見つかったらしい。
蜂毒によるアナフィラキシーショック。
それが兄・アーダルベルトの死因だった。――不幸な事故だと、彼の死を調べた憲兵は言ったという。
「殿下っ、殿下……! 嘘だと仰ってくださいませ……!」
「エウラリア……」
エウラリアが、棺に縋り付いて泣いている。そばで寄り添う彼女の父、宰相・エクラドゥール公爵も、どう娘を慰めていいのかわからないという顔をしている。
俺はそれを呆然と眺めていた。悲嘆に暮れる泣き声も、どこか遠く聞こえる。
「エウラリア、悲しいのはお前だけではない。……さあ、もう、葬列が出発する。棺の前に陣取ってはならないよ」
「お父様……」
「王女殿下もおられる。……義姉となるはずだったお前が、そんな振る舞いを見せるべきではないのは、わかるね?」
その言葉にエウラリアが涙に濡れた顔を上げ、宰相を見、俺を見た。彼女は唇を震わせると、ゆっくりと立ち上がった。
痛々しい姿だった。――彼女は本気でアーダルベルトを愛していたのだろう。
葬列が、出発する。
亡くなってからすぐさま防腐処理がされたアーダルベルトの遺体は棺に入れられ、月の宮殿――国王一家の住まいである中央宮殿の大広間に三日間安置された。そして四日目の朝、葬列が宮殿を発ち、聖女の待つ神殿に向かうのだ。
葬儀を取り仕切る役目の聖女マルガレータは、聖女としての悲しみの感情しか顔に出さすことなく、恙無く弔いの儀式を終えたが――あんな話をしたばかりの俺にはわかった。……彼女は、アーダルベルトの死を、表情以上に惜しんでいる。
(どうして)
冥福を祈る聖女の歌が、神殿を満たす。
(どうして死んだ)
外出を思い留まらせたのに。馬車の事故で亡くなったんじゃなかったのか? もしかして、城に留めたのが悪かったのか?
もしかして、俺か?
……俺がアーダルベルトを死なせてしまったのか?
(なんでだよ……っ!)
俺は何も変えられないのか?
変えようとしても無駄なのか?
それとも努力が足りなかったのか?
ただ外出を思い留まらせるだけでは到底足りなかったと、そういうことなのか?
ボロ、と、目から何かが零れ落ちた。涙だ。
俺は泣いてるのか、とどこか他人事のように思った。
――そう、他人事のはずだった。
ディアナ王女は単なる『身体』で、兄アーダルベルトは俺の兄なんかじゃなく、彼と親しくするのは俺が生き残るための手段の一つだった。
なのに、なんで、俺は泣いてる?
自分のために利用しようと近づいて、挙句死なせて、涙を流す? 何様のつもりだよ。
(変えられないのか、何もかも)
所詮悪役王女なんかじゃ――否、俺なんかじゃ、運命を変えようなんておこがましがったのか。
『君は僕の自慢の妹だ』
――いつだったか、アーダルベルトに言われた言葉を思い出す。頭を撫でてくれた手の優しさを思い出す。
聖女の歌を聴きながら、俺はアーダルベルトからの贈り物である小物入れを、震える腕で抱きしめた。
違うんだよ。
俺はあんたにそんなことを言ってもらえる人間じゃないんだよ。
あんたを生かして、あとは全部難しいことをあんたに丸投げして、守ってもらおうと自分の行動を計算して、その計算すら間違って、あんたを死なせた卑怯者なんだ。
俺には、はじめから、あんたに妹だと言ってもらえる資格なんかない。あんたを兄と呼ぶ資格もないんだ。今だって、あんたが本物の妹にやった小物入れを、まるで自分のもののように抱きしめている厚顔ぶりだ。
俺が安易な提案をしたせいで、あんたは死んだのに。
(でも、なら、どうすればよかったって言うんだよ)
誰か、教えてくれよ。
俺は、どうすればよかったんだ――?
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