カーテンコールはございません

「息ができないんだ」


 表参道のテーブル席で、貴女はそう言った。霧のような雨が降る、ひと気の少ない午前のことだった。


「きみは、正しすぎる。隣にいるのは辛いよ」

「貴女を責めたことなんて、一度もないだろう」

「だからだよ」


 コーヒーに沈め、溶けきらなかった角砂糖が、舌の付け根に甘さを残している。三年目の付き合いとなる恋人は、ディンブラを飲むふりをして、口紅で縁を汚した。


「いつでも、厳しいくらいに正しさを求めるきみに、全部を受け入れられてるとさ。ぼくはまるで、人形にでもなったような気がするんだ」


 琥珀の水面に落ちていた、貴女の視線がふと上がる。ソーサーに戻されたティーカップの白地には、付けられたばかりの赤が掠れていた。華奢な男性とも見紛うほど、凛々しい顔立ちをもって生まれた恋人は、柔らかな眼差しで俺を見る。


「好きだったよ。偶像じゃなく、恋人として」


 身を乗り出した彼女が、かさつく唇に紅を重ねる。触れるだけで終わった口付けは、こちらに目を閉じる暇さえ与えてはくれなかった。


「今度は、間違える人を愛してね」


 伝票を取り上げて、席を離れる貴女の姿。有無を言わさぬそれは、舞台の袖に消える宝塚の男役を彷彿とさせた。

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