最低な君を彩る
シンナーの臭いがする粘液を、君の爪へと滑らせる。ころんと四角い、廃盤となったキャンメイクの七十三番は、二度重ねても色が薄かった。
「あんたの方が似合うくせに、面倒くさがりやがって」
先週からにわかに上昇した湿度は、まだ遠いはずの梅雨を思わせる。そのさらに先、再来月に控えた海開きには、必ず二人で行くのだと、そう約束した。あれは、秋口のことだったはずだ。
君の手は冷たい。優しかったからじゃない。
「どうしてもこれがいいって、駄々こねたのも忘れたの」
白けた病室のカーテンは、風に揺れない。メルカリでかき集めた、定価でも四百円に届かないマニキュアは、死出の旅路には明るすぎる。看護師から渡された、色の少ないメイクパレットは、ケースが厚紙でできていた。
「あたし一人じゃ、使いきれないんだけど」
三度目の塗りを重ねようとして、二度目までの色が崩れた。甘い乾きが、最後の仕上げを台無しにする。点滴を抜かれた肘の内側では、穴を開けられた静脈が、青黒い痣を作っていた。
「……馬鹿。ほんっと、サイテー」
セーラー服のスカートに、ぽつり、雨が降る。換気のためにと開け放った窓の外では、晴天を背負う葉桜が、少女の喪に服していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます