初挑戦のシフォンケーキ
「美味しい。空気でできたプリンみたい」
「どうしてそう、別のお菓子で例えるの」
メープルの重い香りで、鼻の軟骨がむず痒い。嗅覚から想像されるよりもくどくない甘さが、生地の軽さとよく合う。煎茶色のシフォンケーキは、同棲して二年目になる恋人から供されたものだった。
「来月には、『天海さんが作ったやつくらい』とか言い出すんだ」
「え? 何さん?」
「ゼミに入ってきた、三年の天海! お菓子作りが趣味だって、自己紹介で言ってたでしょ」
付け合わせの生クリームを掬って、側面へ伸ばしながら考える。あまみ。誰のことだろう。
僕と彼女は同じゼミに所属しているから、こうやって互いの忘れ物を指摘することができる。そういえば、昨晩あったゼミの懇親会では、僕の隣に新顔の女子が座っていた。
「もしかしてだけど。君ってば、まさか」
「黙って食べて片付けて!」
——嫉妬してるんだ。
立ち上がって、彼女の隣に座り直す。指通りがいい黒髪は、一度も染めたことがないという。
「……愛玩動物とでも思いやがって」
「替えがきかない相手を、他のもので例えたりしないよ」
近くで見れば赤い目元を、指の腹で撫でる。甘えが滲む拗ね顔は、唯一無二の愛おしさを放っていた。
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