埋まらない隙間
私の本棚には、一冊分の隙間がある。
貴方が出て行った日に、貴方の香りを纏うものを全て捨てた。貰ったものも、共有していたものも、置いたことすら忘れ去られたらしい彼の私物も。ボトルの蓋で雄羊をかたどった、ペンハリガンのオードパルファム。トップノートを嗅ぐことは二度とない。
幸いにして、私のストレスは購買意欲に直結していた。中身が半分に減ったクローゼットや食器棚は、あっという間に新品で埋め尽くされた。冷蔵庫も、私物に名前を書く手間が減った分、買い込む量が増えた気がする。
けれども、たった数センチの隙間だけが、どうしたって埋まらない。
「飽和の時代に、贅沢だこと……」
貴方が出張先から送ってくれたエアメールや、日常から生まれた他愛のないメモをまとめていた、狭い空間だ。きっと、文庫本の一冊でも差し込めば、満席になるだろう。
そのはず、なのに。
「酷い人」
どんなに些細な紙片でも、彼はそれをムエットの代わりにした。「こうすれば、離れていても思い出してもらえるだろう」なんて笑って、私に呪いをかけていた。
貴方の残り香が、今日も部屋に漂っている。ラストノートはとっくに消えたはずの隙間が、こちらをじっと見つめていた。
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