心中立てもできないくせに

「坊ちゃんさぁ、あたしの骨って食べられる?」


 過ぎた春を売る女は、薄っぺらいキャミソールの肩紐がずり落ちたままにそう言った。底値のラブホテルにふさわしい、百円均一の屑籠には、濡れた避妊具が放られている。


「あ。指のね。第一関節あたりの……」

「可食部を吟味してたんじゃないけど」


 ラズベリー香るピアニッシモから、細く煙が立ちのぼる。火災報知器が壊れていて、室内でも煙草が吸えるSM部屋は、彼女のお気に入りだ。


「薬指はだめよぉ。左の。売約済みだから」

「大した『パパ』だね」

「ばーか。旦那にだよ」


 にゃはは、というのは、彼女の笑い声である。磨きすぎて薄くなった爪の根元、「食べられません」の一本には、指輪の痕が残っている。


「骨まで食べてねって、何度も言ったのになぁ」


 未亡人曰く、「彼」は、酷く忘れっぽいらしい。置いてけぼりの弁当箱を走って届けたなんて惚気話は、耳にタコができるくらい聞いている。


「救いようないな」

「言葉で傷つけられるのは、正気の奴だけだよん」


 ならば、僕はまだ正気ということになる。

 彼女の初めてにも最後にもなれやしない、金銭で繋ぎ止めている膿んだ初恋は、戯れに吹きかけられた副流煙で真っ黒だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る