第2話 出会い
さて、娘御はココまで無事に来ることが出来るだろうか。
七十段と七百の階段を無事に降りられただろうか。
神官達に認められただろうか。
……考え出しては切がなかった。
この世界に誘ったの事さえ間違いだったのではないか、そんな風にも思えて来た。
『魔法の森』の入口で夢見人の来訪を待つ。
黒いマントに、大きな縁と赤い羽根飾りを付けた黒帽子。足元にはこれまた黒の長靴。
そう言えば、普段と違うこの姿で娘御は吾輩が分かるだろうか。
際限なく不安が脳裏を過ぎる。
その時――ザワリ――森が揺らいだ。
「来たかっ!」
吾輩達は通常『魔法の森』には近づかない。
それには理由がある。急がねば――!
長靴を履いた足が生い茂る木々の間を疾走する。
「――いた! ッ!? 離れろっ!」
数分の間に森の深部まで駆け抜けた吾輩の目は娘御の姿を捉えた。しかし、無事にたどり着いてくれた安堵が広がる前に焦燥感が身体を支配した。
娘御は囲まれていた。
大きく鋭い前歯を持った『魔法の森』の住人――
奴等は好奇心旺盛で、狡賢く、凶暴だ。
夢見人がこの世界に来て初めて目にする住人であり、最も犠牲になる相手だ。
「――離れろっ!」
腰から
「ジューー」
汚い威嚇音を発するが、それ以上近寄っては来ない。栗鼠は夢見人にとっては危険だが、吾輩の敵ではない。ソレは向こうも分かっているようだ。
「走るぞ」
「え?」
「失礼」
突然の出来事に呆気に取られている娘御の手を引き抱き抱え再び駆ける。
「――ええええ!?」
娘御の叫び声が森に響き渡った。
「よし、ここまで来れば大丈夫だろう」
森の中央――唯一開けた場所で足を止め、娘御を降ろした。このまま森を抜けてしまいたかったが、流石に娘御を抱えたままでは難しいかもしれない。栗鼠共は強くはないが、数が多い。しかもこの木々が生い茂った森の中ではいつ襲ってくるかも分からない。であるならば、多少のリスクを犯してでも娘御にこの世界について先に説明をしておいた方が良い。
「アナタは――」
暫し思考にふけっていると声がした。
本来は鈴のような優しい音色なのだろうが、今は掠れた懐かしい
はっと振り向く。
「アナタは――」
再び同じ言葉が紡がれる――先程よりもハッキリと。
「よもや、吾輩を忘れたとは言うまいな?」
不安を隠し、尊大に胸を張る。
全身は橙色の毛で、口元だけが白く、その横にピンッと伸びた髭。大きな瞳は鮮やかな
娘御の手が無意識にだろう、伸びてきてフサフサの首元を優しく撫でてくれた――いつもの様に。
思わぬ歓迎に瞳を細め、喉が鳴る。
「ハッ!? いかんいかん。ご褒美は嬉しいが、それはこの窮地を脱してからにしよう」
一時窮地にいる事を忘れかけたが、どうにか思い留まった。
「ふふふ。ごめんなさい、つい。ねぇ、貴方アーサーでしょ?」
「――ッ!」
言葉としては疑問形だったが、その顔は確信に満ち微笑んでいた。
ああ、コレだ。吾輩はこの顔が見たかったのだ。この世界に呼んだことは間違いではなかった。
「無論、だとも……」
つば広の帽子を目深にかぶり直して、呟いた。
「やっぱり! カッコいいからすぐに分かっちゃった」
そう言って娘御は笑った。
この笑顔を守れるのであれば、何でも出来る。そう確信出来た。
吾輩は猫である 菅原 高知 @inging20230930
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