第12話 追放
「え、あ」
サイモンの言葉を理解できず、バークが困惑した。すると、バークは改めて言い直す。
「この家には、2匹の穀潰しがいる。1匹は、女に現を抜かし、家に尽くそうとしない穀潰し。もう1匹は、魔法が使えない穀潰しだ」
バークとルークはほぼ同時に息を呑んだ。
「この家に、2匹も穀潰しはいらない。だから、どちらかを捨てようと考えていたのだが――今、決まった」
サイモンは鋭い視線をバークに向ける。
「出て行くのはお前だ、バーク。今すぐ荷物をまとめて、この家から出ていけ」
「ま、待ってください。父上! ぼ、僕は穀潰しなどではありません!」
「ほぅ。では、穀潰しではないことを証明してみせろ」
「あ、えっと、それは、ほ、ほら、僕は【結界魔法】が使える!」
「……だから?」
「え」
「だから、何だ?」
「え、えっと、だから、そう! 銀行の結界とかも僕がいないと維持できないはずです!」
サイモンは領主であると同時に、メイカー銀行の頭取であった。そして、メイカー家が銀行を経営できるのも、先代が構築した強固な結界によって金庫が守られているからだ。バークはその結界を維持するためにも自分が必要だと考えている。
しかし、サイモンは鼻で笑った。
「維持ならお前がいなくともできる。
「うっ。で、でも」
「もしもお前に需要があるんだとしたら、父上よりも強固な結界を張るくらいだ。できるか?」
「それは」
「無理だよな。遊び惚けているお前には」
バークは息を呑み、口をパクパクさせる。次の言葉が出てこない様子。
サイモンは不敵な笑みを浮かべながらバークに歩み寄る。
「あと、お前にできそうなことと言えば、父上がお前に残した遺産を消費するくらいだが……それももう残っていないんじゃないか?」
バークの顔が青ざめる。
それでルークは、父親がバークの愚行を無視していた理由がなんとなくわかった。自分が手を出すことができない先代の遺産を搾り取るためにあえてやっていたのかもしれない。その気になれば、無理やり奪うこともできただろうが、一応、先代に筋を通したのだろう。
(身内にも容赦ないとか、やっぱりやべーわ、この人)
ドン引きするルークの前で、サイモンはバークの前に立つ。
「さぁ、他に言うことはあるか?」
「こ、こんなこと、ジイジは許さないぞ!」
「なら、そのジジイを連れてこい」
「う、うわあああ」
パニックになって、バークはサイモンに飛び掛かるも、容赦なく顔面を蹴られた。
「あまり私の手を煩わせるなよ、バーク。私が温情を掛けているうちに出て行くのが賢い選択だぞ」
しかし、バークの反応が無いので、サイモンはさらに蹴ろうとした。が、それをルークが遮る。
「……何のつもりだ?」
「気絶しています」
サイモンはバークを一瞥する。バークは大の字になったまま動かなかった。サイモンは舌打ちする。
「セバスチャン。こいつの荷物をまとめ、外に放り出しておけ」
「は、はい!」
サイモンが踵を返したので、ルークはホッとする。が、「おい、ルーク」と向き直ったので、反射的に背筋が伸びた。
「はい!」
「お前は魔法が使えるようになったかもしれない。が、まだ、穀潰しであることには違いない。もしも使えない時は……わかっているな?」
「は、はい!」
ルークは直角に腰を曲げて、サイモンの言葉に応える。ルークは前世でもいろいろなパワハラ野郎に出会ってきたが、このサイモンが群を抜いてヤバい。彼に対する恐怖心は骨の髄までしみ込んでいた。
「ふん」
サイモンは鼻を鳴らすと、肩で風を切って歩き出す。従者たちも頭を下げてサイモンを見送り、気配が消えると、一気に空気が軽くなった。
「メリー、大丈夫?」
従者たちがメリーの周りに集まる。
「はい。大丈夫です。ルーク様のおかげで」
ルークは視線をバークに走らせる。セバスチャンがバークの体を持ち上げようとした。しかし、ふくよかなバークの体を一人で持ち上げるのは難しそうだった。
「手伝うよ」
「あ、ありがとうございます」
ルークはバークの足を持とうとした。そこで、セバスチャンから待ったが掛かる。
「どうした?」
「ルーク様。その手」
「ん? ああ」
右手の皮膚が剥け、痛々しい感じになっていた。
「痛くないから大丈夫」
「そういう問題ではありません。すぐに治療をしないと」
「あ、なら、私にやらせてください」とメリーが進み出た。
「……なら、ルーク様への治療はメリーに任せよう」
「この汚豚さんはあたしたちに任せておきな」とエルヴィナが腕まくりをする。
「わかった。よろしく頼む」
ルークはメリーとともに部屋へ戻り、ベッドの端に座って、右手をメリーに差し出した。
「じゃあ、治療をお願い」
「はい」
メリーはぎゅっとルークの指を掴む。しかし、次のアクションが無いので、ルークは心配そうに声を掛ける。
「大丈夫?」
「あ、すみません。その、ルーク様がここまでして私を助けてくれたのが嬉しくて」
「……メリーは俺の従者だからな。当然だ」
ルークは気恥ずかしそうに顔を逸らした。改めると、すごい恥ずかしいことを言っている気がする。
「ルーク様……」
「それより、治療をお願い」
「はい」
メリーはルークの右手に自分の右手をかざし、【汎用魔法――
「こちらで、多分、大丈夫かと」
「ありがとう」
ルークはメリーに微笑みかけ、右手を離そうとした。が、メリーは手を掴んだまま、じっと見つめているので、ルークは首をひねる。
「メリー?」
「……あ、あの、ルーク様。ちょっと、目を瞑ってもらえませんか?」
「え? まぁ、いいけど」
ルークは戸惑いながら目を瞑る。
(何だろう?)
不思議に思っていると、布のこすれる音がして――唇に柔らかい感触があった。
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