第11話 悪役魔法 vs 結界魔法

「おら、早く脱げ!」


 バークが床を鞭で叩くも、メリーは動けずにいた。


 バークは舌打ちすると、メリーに歩み寄って、乱暴にその手を掴んだ。


「早くしろと言っているのが、わからないのか!」


「ご、ごめんなさい。脱ぎますから、脱ぎますから……」


「ふん。さっさとやれよ、馬鹿」


 メリーは涙をにじませながらメイド服の裾に手を掛ける。しかし、中々脱ごうとしないので、バークは鞭を振り上げる。


 そのとき、メリーが言った。


「ど、どうして?」


「あぁん?」


「どうして、こんなことをするんですか?」


「楽しいから」


「で、でも、私は、その、まだまだ子供ですし」


「だから、いいんじゃないか」


 バークの舌なめずりで、メリーは青ざめる。


「僕はね。最近、素人を自分好みに調教する楽しみを覚えたんだ。だから、メリーちゃんを僕好みに調教してあげるよ」


「……もしかして、町の人たちにも同じようなことを」


「ふぅん。知っているんだ」


 バークの悪びれもない様子に、メリーは唇を噛む。


「……最低ですね。無理やりそんなことをするなんて」


「無理やり? それは違うな。僕は慈善事業をしているんだよ」


「慈善、事業?」


「そうさ。僕が彼女たちを買うことで、彼女たちは借金を返せる。だから、慈善事業なのさ。それなのに、それを無理やりだなんて……」


 バークに睨まれて、メリーは腰が引ける。


「口の利き方には気を付けた方がいい。従者のくせに生意気だぞ。これは、ちゃんと教育する必要があるな。ほら、教育してやるから、さっさと脱げ」


 怯えるメリーを見て、バークは嫌らしい笑みを浮かべた――が、ハッと石の扉を見る。


「ふん。ルークの野郎が来たみたいだな」


「え、ルーク様が?」


 メリーが駆け出そうとするも、バークはその手首を掴んで、自分のもとに引っ張った。


「その扉は、ルークごときじゃ開けられないよ」


「そ、そんなこと、ありません」


「そんなわけあるだろ。魔法すら使えないあの無能には無理な話だ」


「ルーク様は、って、きゃあああ」


 メリーは慌ててスカートを抑える。バークが無理やりスカートをめくろうとした。


「自分じゃ脱げないみたいだから、僕が脱がしてやる」


「や、止めてください!」


「へへっ、いいじゃないか」


 バークが涎をこぼしそうなほど、口角を上げたときのこと――。


 ガラスの割れる音が響き、何かが崩れる音がした。


 バークは慌てて石の扉に目を向け、唖然となる。


 そこに――ルークが立っていた。


 その右手に黒炎を宿し、切っ先よりも鋭い目つきでバークを睨む。


「ルーク様!」


 メリーの顔が明るくなる。


 ルークはメリーを一瞥し、バークに視線を戻した。


「おい、豚野郎。てめぇ、どういうつもりだ?」


「どういうつもり? な、何のことだ?」


 バークは動揺を隠し、ルークを睨み返す。


「メリーは俺の従者だ。お前が手を出していい相手じゃない」


 ルークは凄みを増して言った。


 バークは狼狽し、メリーはキュンとなる。


「う、うるさい! 俺がお前の従者をどうしようと俺の勝手だろ。というか、お前は自分のやっていることがわかっているのか? 兄に反抗するなど、言語道断。ち、父上に言いつけてやるからな!」


「好きにしろ。それより、さっさとメリーを放せ」


 ルークが歩みだすと、バークは鞭を振り上げ、地面を叩いた。鋭い音が部屋に響く。


「そ、それ以上近づくな。じゃないとこいつでお前を叩くぞ」


「やってみろ」


 なおもルークが止まらないので、バークは鞭を振り上げた。


 ――瞬間。ルークはバークとの距離を一瞬で詰め、その顔面に右の拳を叩き込んだ。


「ふぐぅ」


 派手に吹っ飛び、バークは壁際の棚に衝突した。倒れたところに、棚からさまざまな器具が落ちてきて、絶叫する。


 ルークは、「ふん」と鼻を鳴らし、メリーに歩み寄る。


「ルーク様ぁ」


 メリーの目からぽろぽろ涙が流れている。それが悲しみの涙ではないことは、メリーの表情を見ればわかる。


「もう大丈夫だ。無事でよかった」


「はいっ! ルーク様のおかげで」


「ん。とりあえず、これ」


 ルークがハンカチを差し出すと、メリーは微笑んでハンカチを受け取る。


「……ありがとうございます」


「よし。じゃあ、部屋に戻るか」


「待てよ! クソがっ」


 バークが立ち上がった。右頬が赤く腫れあがり、額を切ったのか、流血している。しかし、痛みよりも怒りの方が大きいように見えた。バークは、ルークを睨んで唾を飛ばす。


「父上に言いつけてやるからな!」


「さっきから、そればかりだな。自分の力じゃ何もできないのかよ」


「――いいだろう。なら、見せてやる。僕の【結界魔法】を」


 バークは両手を合わせて、魔法を発動する。


「【結界魔法――展開】」


 ルークの足元に魔方陣が現れ、ルークはとっさにメリーの体を押し、魔方陣の外へメリーを出した。直後。魔方陣が光を放ち、ルークは透明な円柱に閉じ込められる。


「ルーク様っ」


 メリーが円柱を叩く。しかし、円柱は硬く、メリーはどうすることもできなかった。


 焦るメリー。だが、ルークは余裕のある表情で、バークを見据えた。


「思えば、兄貴の魔法をちゃんと見るのはこれが始めてか。水族館の魚にでもなった気分だ」


「水族館?」


「何でもない。それより、こんな魔法が使えるなら、ちゃんと学校に行けばいいのに」


「う、うるさい! 僕がどう生きようが、お前には関係ないだろ! それより、謝るなら今のうちだぞ」


「断る。先に手を出してきたのは、そっちだろ」


「そっか。なら、苦しめ。【結界魔法――圧縮】」


 魔方陣が光り、円柱が縮む。その圧力でルークは潰されそうになる――が、黒炎の拳で、円柱を叩き割った。


「なななっ」と愕然とするバーク。


「な、何だよ、その魔法は!?」


「【悪役ヒール魔法――邪道拳】。触れた魔法をぶっ壊す。そういう魔法だ」


「そ、そんな無茶苦茶な魔法があってたまるか!」


「あるんだなぁ、これが」


「く、くそ、なら!」と言って、バークは再び【結界魔法――展開】を発動した。その対象はメリー。メリーが閉じ込められ――そうになったが、意識をメリーに向けた隙を突き、ルークはバークの腹部に拳を叩き込んだ。


「ぐ、ぐぅぅぅ」


 腹を抑えるバーク。呼吸ができず、苦しんでいた。そんなバークを、ルークは見下ろす。


「それ以上は止めた方が良い。兄貴も、これ以上痛い目には遭いたくないだろう」


「う、うるさい! 俺はお前よりも偉いんだ。だから、今なら、まだ許してやる。謝るつもりがあるなら、さっさと謝れ!」


「謝るわけねぇだろ」


「なら、父上に言いつけて――」


「私に何か用か?」


 部屋に一瞬で緊張が走る。部屋の入り口に父親のサイモンが立っていた。黒髪をオールバックにした強面の男。獅子を思わせる残忍な佇まいで、場の空気を支配する。後ろに控える従者たちも強張った表情で状況を見守っていた。


「ち、父上」と狼狽するバーク。


 ルークも脂汗が浮かび、鼓動の音が嫌に大きく聞こえた。しかし、拳を握り直し、毅然とした態度でサイモンと向き合う。


 サイモンは室内に視線を走らせた後、鋭い視線をバークに向けた。


「それで、私に何の用だ?」


「あ、えっと、ル、ルークが僕を殴りました! 兄であるこの僕を!」


「ルークよ。なぜ、兄を殴った? 兄は敬え。何度もそう言ってきたよな?」


 サイモンの射貫くような視線で、ルークは胃痛を覚えた。が、臆することなく、サイモンを見返す。


「バークがメリーに手を出そうとしたので」


「ほぅ」とサイモン。ルークが右手に宿す黒炎を興味深そうに眺め、入り口に視線を走らせる。


「この部屋は、先代が張った結界で守られているはずだが、どうやった?」


「はい。俺の【悪役ヒール魔法】で破壊しました」


「使えるようになったのか?」


「……多少は」


「お前はその魔法で何ができる?」


「悪い事なら大体できます」


 ルークが胸を張って答えると、サイモンは眉をひそめるが、すぐに不敵な笑みを浮かべる。


「そうか。なら、ちょうどいい」


「それはどういう意味ですか?」


 ルークが問いかけると、サイモンは数秒の間をおいてから、口を開いた。


「――この家には、2匹の穀潰しがいる」

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