第06話 悪い噂

 自分に対する疑いを晴らすため、エルフを誘拐した男に問いかける。


「あんたは、メイカーにエルフのお姉さんを売ろうとしていたんだろ?」


「ああ」


「具体的に誰?」


「え、誰?」


「ああ。メイカー以外の情報は無いの?」


 男は数秒思案してから、そばに倒れていた男Bの体をゆすった。


「おい、起きろ!」


 気絶していた男Bが起き、辺りを見回す。男Bは状況が呑み込めず、男Aに説明を求めた。


「これは、何が起きている?」


「それより、あのエルフを売ろうとしていた相手って誰だっけ?」


「確か、メイカーとかいう太った男だったはず」


「だそうです」


「太った男?」


 ルークは考え、すぐに思いつく。


「……バークか」


 ルークは舌打ちする。三男の顔が浮かんだ。あの男ならやりかねない。


「お、心当たりが?」


「ああ」


「紹介してくれ」


「するわけないだろ。お前らは、とりあえず自警団に突き出す」


「なななっ、ちゃんと話したのに」


「それとこれとは話が別だ」


「そんなぁ」


「ということで、エルフを買おうとしていたのは、俺じゃない」


 ルークは勝ち誇った顔で住人たちに語り掛けた。しかし住人たちは、懐疑的な目を向けたまま、納得していない様子。


「……どうだか」


「一緒に楽しむつもりだったんだろ」


「は? するわけないだろう。俺、バークのこと嫌いだし。な?」


 ルークは救いを求め、メリーに問いかける。


「はい。ルーク様とバーク様は仲が良いように見えませんが……」


 と言いつつ、メリーもルークを疑っているようだったので、ルークは戸惑う。


「いや、何でメリーも俺を疑っているんだよ。俺がバークと一緒になって女を買うわけないだろ」


「はい。でも、その、ルーク様は……」


 と言いかけ、メリーの顔が赤くなる。メリーの恥じらう表情を見て、住人たちの非難の目は強くなる。


「やはり後ろめたいことが」


 否定したいところではあるが、メリーのパンツを毎日見ていた前科があるので、否定できない。


 だから、慌てて論点を変える。


「ってか、そもそも、女を買って何をするの?」


「え?」


「いや、なんか、俺もバークと一緒になって、女を買っているみたいな話になっているけど、女を買って、何をするの?」


 住人たちは顔を見合わせる。よく考えたら、ルークはまだ11歳の少年。女を買うことの意味が理解できる歳ではない……はず。だから、その路線で話を進める。


「何って、それりゃあ、ねぇ?」


「ああ。あれしかないだろ」


「あれって?」


 ルークが恍けると、住人たちは戸惑う。形勢逆転。ルークは必死に笑みを堪える。このまま押し切れば、自身の無実が証明できるだろう。


 すると、住人の一人がメリーに話しかけた。


「お嬢ちゃんは、わかるかい?」


「え、あ、その」


 メリーは顔を真っ赤にして、もじもじする。


(おい、セクハラだろ!)


 しかし、セクハラの概念が無いらしいこの世界の住人は、メリーの反応を見て、頷く。


「やはり、これくらいの子供ならわかるよな」


「ああ。俺もこれくらいの頃には、自分のを磨いていたぞ」


「ということは、わざと知らないふりをしている可能性があるってことだな」


 再び形勢逆転。住人たちの圧に、ルークは奥歯を噛む。


(どんだけ嫌われているんだよ、俺)


 嘆いている暇はない。次の一手を考えなくては。


 そのとき、腕の中にいたエルフが動く気配があった。寝起きのエルフと目が合う。


「ふぁふぁふぁふぃ?」


「あ、布を取りますね」


 ルークはエルフの布を外す。


「すまんね。で、君は誰?」


「ルーク・メイカーです」


 ルークは縄をほどきながら、答える。


「ふーん。ここはどこ?」


「メイカー領の中心街ですけど」


「メイカー領? はて、あたしは何でそんなところに?」


「覚えていないんですか?」


「うーん。違う場所で酒を飲んでいたことまでは覚えているんだけどね」


「多分、そこであいつらに薬かなんかを盛られて、ここに運ばれたんだと思います」


 ルークがエルフを誘拐した男たちを指さす。


「ふーん」


 エルフが目を向けると、男たちは怯え、逃げ出そうとした。が、住人たちが抑える。


「まぁ、よくわかんないけど。君が助けてくれたんだ」


「そんなところですね」


「そっか。ありがとう」


 と言って、エルフはルークの頬にキスをした。


 ルークは自分がキスをされていることを理解するのに数秒要した。


「えっ」


 キスされたことに気づき、赤くなるルーク。


 メリーも目を見開いて固まる。


「おぉ」と住人たちは、なぞにどよめく。


「あの反応、童貞か?」


「もしかして、うぶなのか?」


 ルークは恥辱を隠すように、童貞じゃねぇと言いかける。実際は、前世も含め童貞であるが。しかし、潔白を証明するための手段になりそうなので、言うことができず、口をパクパクさせるしかなかった。


「ふふっ、君は可愛いな。こんなの人間にとってはただの挨拶だろ?」


「あ、ああ。これくらいどうってことないぜ」


 と答えるも、住人たちがニヤニヤしているので、ルークは忌々しそうに舌打ちする。


「大丈夫ですか!」


 騒ぎを聞きつけた自警団の人間がやってきた。ルークは男たちを突き出し、エルフも事情聴取のために自警団についていった。


 そして、その場は解散。


 住人たちのどこか小馬鹿にしたような視線に苛立ちながら、ルークはその場を後にする。


(くそっ、やつらめ。俺が童貞だってことを馬鹿にしやがって。俺だって、権力を使えば、すぐにでも卒業できるんだぞ)


 そこでルークはメリーのことを思い出し、勝手にいなくなったことを詫びようとした。


「そういえば、メリー」


「はい。何でしょうか?」


 ルークはメリーを一瞥し、腰が引ける。


 メリーがめちゃくちゃ不機嫌だった。微笑んではいるものの、その目が笑っていない。あと、背後にどす黒いオーラのようなものも見える。


「どうしたんですか? エルフにキスされて、デレデレになっていたルーク様」


「いや、なってねぇし」


「ふーん」


「それより、勝手にいなくなってすまなかったな」


「……謝るなら、そこじゃなくないですか?」


「え、他に謝るところある?」


 メリーのどす黒いオーラがさらに濃くなったので、ルークは思わず、「すみません」と言った。しかし――メリーの機嫌は直らない!


(何を怒っているんだ?)


 メリーとの付き合いは長く、かれこれ5年くらいになるが、メリーが本気で怒っているのを見るのは、これが初めてだ。常人ならキレそうなタイミングでも、メリーは怒らなかったのに……。


(――そっとしておこう)


 こういうときは余計なことを言わないようにした方が良い――と前世の先輩が言っていた気がする。


 だから、ルークは申し訳なさそうに視線を前方に向け、べつのことを考える。


(それにしても、バークに関連して変な噂が流れているな。ちょっと確認してみるか)


 帰宅後、従者たちに聞き込みを行い、ある噂を耳にする。


 どうやら、バークが町娘を無理やり家に連れ込んでは、ひどいことをしているらしい。バークが娼婦を相手にしていることは知っていたが、町娘に手を出していることは知らなかった。


(だから、住人たちはあんな反応をしていたのか)


 彼らの言動に納得しつつ、バークに対して怒りが湧いた。


 バークのせいで、掻かなくていい恥を掻いてしまった。


(それに、このままバークの件を放置するのは良くない気がするな)


 ただでさえ、嫌われている一族なのに、住民からの反逆ポイントが高まりそうなことは止めて欲しい。


(どうしたもんかねぇ)


 ルークは渋い顔で考え始めた――。

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