第07話 すれ違い

 ――数日後。


 ルークは気難しい顔で悩んでいた。バークの件を何とかしたいところだが、その方法が思いつかなかった。


(どうしたもんかねぇ。ってか、あんなやつ、父上もさっさと追放しちゃえばいいのに)


 バークは16歳なのに、学校にも行かず、欲望のままに生き、メイカー家の評判を落としている。前世の基準なら、殺されかねない状況だ。しかし父親サイモンはとくに何も言っていないようだ。礼儀とかには超厳しいはずなのに、バークのことは放置している。


(……理由はわからないでもないけど)


 サイモンがバークを追放しない理由があるんだとしたら、それはおそらく、バークが先代からの寵愛を受けていたからだと思う。バークは先代と同じ【結界魔法】が使えた。


 先代、つまりルークの祖父は、先の大戦での功績を認められ、爵位を与えられた【結界魔法】の名手だった。『緑壁の戦い』では、1万もの敵国兵士を結界内に閉じ込め、勝利に大きく貢献したという。そして現在、メイカー家で先代と同じ【結界魔法】が使えるのはバークだけなので、先代はバークをめちゃくちゃ愛した。ゆえにサイモンも、先代の愛情の塊みたいな存在を無下に扱うことができないんだと思う。先代が死んでから、すでに5年ほど経っているが。


(くそっ、俺も【結界魔法】を使えていたらなぁ)


 神の勘違いのせいで、家を追放されかけただけに、【神託魔法】で優遇されている兄が恨めしかった。ルークは、12歳までに【神託魔法】が使えなかったら追放するとの圧力を掛けられていた。


(まぁ、そっちは何とかなりそうだけれど)


 幸いなことに、【悪役ヒール魔法】は使えそうなので、家を追放されて野垂れ死ぬ破滅の未来は回避できそうだ。


 しかし、バークの悪評に巻き込まれ、怒れる住民の反逆によって破滅してしまう未来は大いにありえる。それを回避するためにも、あの男を何とかしたかった。


(因縁を吹っ掛けてみるか? でも、それだと俺の立場が悪くなるんだよな)


 メイカー家には、年上が決めた事には従うという『年功序列』の掟があった。これを破ると、サイモンからの容赦のない体罰が待っている。


 ルークはぶるっと体が震えた。何度も殴られ、肋骨が折れたときのことや、1週間水しか飲ませてもらえなかった記憶が蘇る。


「こ、こほん」


「ん?」


 ルークはそばに立つメリーの存在に気づいた。メリーは机の掃除をしていたのだが、ルークが邪魔みたいだ。


「ああ、ごめん」


「……いえ、大丈夫ですけど」


 ルークは立ち上がると、渋い顔つきで部屋の外へ向かう。


 トイレに行くつもりだった。


 その背中をメリーが不満げに見ていることにも気づかず……。



☆☆☆



 ルークが部屋を去った後、メリーは頬を膨らませた。


(ルーク様ってば、またあのエルフのことを考えている)


 ルークがエルフにキスされて鼻の下を伸ばしていた時のことが頭を過る。ルークは、あのときから考え事をしていることが増えた。エルフのことを考えているんだとメリーは推察している。普段なら怒るようなことをしても怒らないからだ。さっきだって、ルークを邪険に扱ったのに、何も言われなかった。前なら、烈火のごとく怒っただろうに。


(私の方が、ルーク様との付き合いが長いのに……)


 メリーは初めてメイカー家に来た時のことを思い返す。


 メリーが親に借金のカタとして売られ、この家に従者として雇われたのは5歳の時だった。当時は自分が売られたことの意味なんてわからず、ただただ、この家が怖かった。


 そんなメリーに手を差し伸べてくれたのがルークである。


 屋敷の影で泣いていたら、ルークがやってきた。


「何で泣いてるの? お前、泣き虫なの?」


 嫌な奴だと思った。だから、すぐにその場から離れようとしたら、その手を掴まれ、ハンカチを渡される。


「とりあえず、涙を拭いたら?」


「……はい」


 それで、ルークが優しい人であることがわかった。さらに、ルークはその足でサイモンのもとに向かうと、メリーを自分の従者にすると宣言し、サイモンから許可をもらう。そしてメリーは、ルークの従者となり、メリーの寂しくて暗い日々は、徐々に色を取り戻し、それからは一緒にいることが多かった。


 だから、メリーは誰よりもルークの理解者であることを自負していた。周りの皆が言うクズな一面も理解できるけど、それ以上にルークの優しさも知っていた。


 それなのに、ルークは……。


(もしかして、最近優しいのも、私のことなんてどうでもいいからなのかな?)


 メリーは陰のある顔で胸を抑える。


 ルークが優しくなるにつれ、不安になることが増えた。


 ――ルークは自分を必要としていないのではないか。そんな風に考えてしまうようになったのだ。


 これまで、メリーは何度もルークから嫌がらせを受けてきた。もちろん、嫌なことも多かったが、自分をいじめて楽しそうにしているルークを見ていると、自分の存在が認められた気がして安心できた。こんな自分でもルークの役に立つことができる。だから、そばにいてもいいと思えた。しかし、ルークが優しくなったことでそう思う機会が減っていた。


(ルーク様は私のことをどう思っているんだろう)


 ルークのことを思うと、切ない気持ちが溢れてくる。その衝動を紛らわせるように、ルークが愛用している机の角に体を押し当てた。


(……こんなこと、しちゃ駄目なのに)


 しかし、押し当てるのを止められなかった。もしも今、ルークが帰ってきたら、どんな顔をするだろうか。幻滅するだろうか。それとも、心配してくれるだろうか。後者だったら嬉しいな、と思う。


(んっ。ルーク様♡)


 そのとき、扉の開く気配がして、メリーは慌てて離れる。


 恥ずかしいところを見られてしまった。


 弁明しようと目を向け――その顔に驚きの色が広がる。


 そこに立っていたのは、ルークではなく、三男のバークであった。

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