第05話 悪役魔法

 ルークは平静を装いながら男たちと対峙する。このままでは殺されかねない。


(とりあえず、もう一度、権力を振りかざしてみるか)


 ルークは平静を装いながら、口を開く。


「おいおい、そんな態度を俺にとっていいのか? 俺は……あのサイモンの息子だぞ」


 ルークが凄むと、男たちは一瞬臆する。しかし、すぐに気を取り直して、杖を構える。


「うるせぇ、誰が相手だろうと関係ねぇ!」


 ルークは呆れたように肩をすくめてみせるが、心臓はバクバクである。このままでは、殺されてしまう。


 そのとき、頭の中で声がした。


『――そういえば、言い忘れていたが、一つだけ【悪役ヒール魔法】を使えるようにしておいたぞ』


『その声は、神様っ!?』


『うむ』


『どうやって使うんですか?』


『信じろ。じゃあ、そういうことで』


『あ、ちょっと』


 声はすぐに聞こえなくなる。


(あわてんぼうすぎるだろ、あの神様)


 しかし、魔法を使えるようにしたと言われても、その兆候は今までは無かったのに、本当に使えるのだろうか。


(やるしかないか)


 ルークは男たちを見据えると、右の拳を握った。


 男たちは動揺する。


「な、何だ、やろうっていうのか!?」


「そっちもそのつもりだったんだろう? だから――覚悟しろよ」


 ルークは何か魔法的な現象が起きることを信じ、右手に力を込めてみた。


 瞬間――ルークの右の拳に黒い炎が宿る。と同時に、その魔法に関する情報が頭に浮かんだ。


 【悪役ヒール魔法――邪道拳】。


 それが、この魔法の名前。触れた魔法を破壊クラッシュする効果がある。


(いいね。なんか悪役ヒール……っぽい?)


 ルークはファイティングポーズで構えた。人の殴り方は知っている。DQN気質のルーク少年は、肉弾戦が大好きで、嫌がる従者を相手に独学で学んだ。


「く、くらえっ!」


 男の一人が動揺した様子で魔法を発動する。男の杖先に魔方陣が現れ、火球が放たれた。


 【汎用魔法――火球ファイヤーボール】。


 シンプルな攻撃魔法がルークを襲う。


 ルークは素早いジャブで、火球に自身の拳をぶち当てた。瞬間、火球が弾ける。


「な、なにぃぃぃ!」


 驚く男たち。ルークが駆け出す。男たちは次々に火球を放った。1個目は避け、2個目は拳で破壊、3個目はしゃがんでかわし、目の前にいた男の顔面に右の拳を叩き込む。


 尻餅をついて気絶する男A。BもCも狼狽し、その隙を逃さず、連続パンチで二人とも気絶させた。


 静寂。


 男たちが足元で気絶していることを確かめ、ルークは天高く拳を掲げた。


(余裕すぎる)


 魔法さえもいらなかった――は、ただの慢心か。


(とりあえず、このエルフのお姉さんを助けてあげないと)


 ルークはエルフに近づき、彼女を布袋から出す。エルフは口に布を噛ませれ、体は縄で縛られていた。まずは事情を聞こうと思い、口の布を外そうとする。


 そのとき、人の気配を感じた。住人と思しき男たちが動揺した様子でルークを見ていた。


「あ、ちょうど良かった。ちょっと、手伝って――」


 しかし、男たちは声を荒げて、ルークの言葉を遮る。


「怪しいと思って追いかけてみたら……」


「や、やはり、あの噂は本当だったのか」


「くそがっ。よくもこんなことを」


 ルークは困惑する。理由はわからないが、不味い状況であることには違いない。


「何の話をしているんだ?」


「しらばっくれるな」


「俺たちはあんたらがしていることを知っているだぞ」


「え、マジで何のこと?」


 住人たちのヘイトが強くなることに戸惑いを隠せずにいると、「ルーク様! こちらですか!?」とメリーの声がした。


「メリー。ここだ!」


 メリーが住人たちの間を縫ってやってくる。


「あ、良かった。もう勝手にいなくな――」と言いかけて、メリーの目から生気が失われていく。メリーは呆然とした表情で、ルークの腕の中にいるエルフを見た。


「ルーク様。そちらの方は?」


「ああ。そいつらに誘拐されたらしいエルフだ」


「エルフ?」


 そこでメリーは相手がエルフであることに気づき、目に生気が戻る。住人たちもエルフであることに驚きの声を上げた。


「本当だ。エルフだ」


「おぉ、あれが」


「美しい」


「もしや、エルフにも手を出すつもりだったのか?」


「――ルーク様?」


 メリーの目から再び生気が失われたので、ルークは弁明する。


「いや、そういうのじゃないから。そこにいるやつらが誘拐したみたいなんだ」


 ルークが倒れている男たちを指さすと、そのうちの一人が目覚めた。男は、住人たちがいることに驚き、ひどく慌てる。


「おい、お前!」と住人の一人が怒声を上げた。


「エルフをさらったのか!」


「いや、それは、その」


「さらったのか!」


 住人たちの圧に屈し、男は土下座する。


「し、仕方なかったんだ! じゃないと、金が」


「金?」と反応したのは、ルークである。


「誰かに頼まれたのか?」


「そういうわけじゃない。が、ここに良い女を連れてきたら、高い金で買ってくれるって聞いて」


「誰が買うんだ?」


「メイカーって人が買ってくれると聞いている」


 全員の視線がルークに集まった。ルークは慌てて首を振る。


「いや、俺は知らないから」


「そういえば、あんた、メイカーとか言っていたな。そうか。あんたのことだったのか。頼むよ、そいつを買ってくれ」


 男がすがるようにすり寄ってくるから、ルークは狼狽する。これでは、自分がお願いしていたみたいではないか。


「ルーク様?」


 メリーの殺気を帯びた冷たい視線が痛い。それに、住人たちからの非難の目で、ルークはますます狼狽える。


(何とかしないと)


 権力を振りかざすことも考えた。しかし、この場では逆効果になる気がしたので、別の方法を考える。


 そこで、ルークはあることに気づき、そこに一縷の望みを掛けることにした。

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