第10話

梅野ママの店はドラァグクイーンのショーや接客を楽しみながら酒とつまみを楽しむのがメインの観光バーという形をとっている。

観光バーというのはノンケや女性も受け入れるタイプのゲイバーのことだ。

そして俺はだいたい月に一度か二度、この店のステージに立つことを楽しみとしていた。

「次は日本が誇るジャパニーズ・ドラァグ!ミセスヨザクラの登場です!」


その掛け声と共にちゃらららららー♪と一番星ブルースが静かに流れ始める。

前奏に合わせてすり足で数歩前に出ると、視線が俺に集まってくるのを肌で感じる。

菅原文太の歌声に合わせて日本舞踊のような柔らかくしなやかな動きで惚れた男との別れをイメージした踊りを披露してみせる。

歌声が愛川欽也に変わると俺は模造刀を引き抜いた。

舞台のライトに艶かしく刃が光るのをそっと観客に見せた後、誰もいない方向にあたかも愛する男と己を引き裂く敵がいるかのように視線を向ける。

目前の目に見えぬ敵に向けて剣舞のように剣を振い、殺陣のように目に見えぬ敵としのぎを削り、時代劇のように切り捨てる。

すると血糊がパッと飛んできて、衣装や模造刀を赤く染めてきた。

そしてふたたび菅原文太の歌声に切り替わると、愛する男のために血の匂いを纏いながら敵を切り伏せて探し回る姿を踊りとして演じてみせる。

最後の車のエンジン音を追いかけるように舞台を去ると、その場が沸き立つように拍手が響いた。


「タモツ」

舞台袖に下がってすぐに声をかけたのはシラノだった。

松葉杖で段差の多い舞台裏に来るのは大変だったろうが、その顔には感動や衝撃を滲ませている。

「とても……とてもすごい踊りだった。まるで一本の舞台を見てるようだった。俺はあんなにすごい踊りを見たことがない、指先にまで感情が滲み出る踊りがこの世にあるなんて知らなかった」

シラノのまとまりのない褒め言葉がひどくくすぐったく響いてくる。

「今日もさすがの人気だったわね」

「梅野ママ」

どうやらシラノの後にくっついてきたらしい梅野ママがため息混じりにいつもの質問を飛ばしてくる。

「ホントあんたなんで専業のドラァグにならないのかしらね?毎日うちの店出てくれれば良いのに」

「俺基本的に夜更かし得意じゃないし衣装作ったり振り付けから何から決めるの大変なんですよ、何より毎日同じ舞台をやるのは俺が飽きます」

こういうのはたまにだから楽しいし、趣味なので衣装代やメイク代と出演料でトントンになれば良いと思ってやってる感じだ。

「気が変わったら言いなさいよ、あんた結構人気あるんだから」

梅野ママはいつもどおりのコメントを吐き捨て、店の表へと戻っていった。

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