第8話

金曜日の夜、軽自動車に衣装やメイク道具を詰め込んで助手席にシラノを座らせる。

意外と衣装が嵩張るしメイク道具も一般的なものと違うものを使うので電車より車のほうが楽だろうと思ってこうすることにしている。

シラノには軽自動車は窮屈なようだが諦めて欲しい。

「これから行くのは歓楽街なのか?」

「ああ。この近くにも小さい歓楽街が幾つかあるけど、俺がよく行くのは2丁目……男が好きな男とかが集まるエリアだな。俺の女装は2丁目のものがベースだし」

「危険じゃないのか?!」

俺の言葉にシラノは驚きと不安をまっすぐに向けてくる。

その反応は令和の日本人には少々過剰に思えるが世界にはゲイと言うだけで死刑の国もあるし、シラノの暮らしていた場所では取り締まりがあったとしてもあり得ない話じゃない。

「捕まったり死刑になる国もあるけど少なくともこの国じゃ同性愛者が捕まることは無いよ」

「そうなのか……なら良いんだが」

中古のカーナビをセットしてからエンジンをかけて東京へと走り出す。

「シラノのいたところだと同性愛者は捕まるのか?」

「同性での交わりは不道徳な行い故に風紀紊乱罪で逮捕されて、罰金と治療がセットになってたはずだ」

「ちなみにどう言う治療なんだ?」

「治安維持は専門外だから詳しくは聞いていないが、確か風紀紊乱罪の治療は最初は専門機関での教育で、再犯の場合は洗脳魔法による倫理修正治療が行われるんじゃなかったかな」

魔法のある異世界ならでは過ぎる治療には若干の恐怖を覚えるが、シラノが普通の顔をしているのを見るに異世界ではよくあることなのかもしれない。

となると事前忠告がもう少し必要かもしれない。

「シラノ、これから行くところは同性愛者の集まる地域だ。お前としては非倫理的な人間の集いに見えるかもしれないがそれを口に出したりはするなよ」

「分かっている。考えを読まれたりはしないだろ?」

「しないよ、お前が心の奥で何を考えるかは自由だ」

シラノは黙り込んでじっと思考を巡らせる。

ルームミラーの写り込んだ表情から気持ちを読み取ることはできない。

「俺は今まで2丁目でパフォーマンスしてたから今日は2丁目に連れて行くけど、明日2丁目以外の大きい歓楽街に連れてってやるよ」

「わかった」

車は三郷のジャンクションを超えるとすぐ東京に差し掛かる。

天に刺さらんと伸びるスカイツリーが俺たちの視界に飛び込むと、シラノが唖然としていることに気づく。

「シラノ。あれはここがこの国の中心を示す塔だ」

「あそこにはこの国の国家元首か宗教指導者でも住んでいるのか?」

「人は住んでない、金さえ払えば最上階に行けると思うぞ」

俺はわざわざ登りに行こうとは思わないが登りたければ登れば良い。

シラノは「……俺は恐ろしい世界に来てしまったかもしれない」と呟くので「怖くはないだろ」と言い返す。

流れとは言え自称異世界人の不審者の面倒を見てる俺まで怖がられそうだ。

「俺の知識の外にあるものを毎日溢れるほど見せつけられて来て、それが怖くないと思えるほど俺は肝は太くない」

「そう言う意味な。じゃあひとつひとつ学んでこい、手伝いくらいはしてやるから」

「ああ」

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