第6話

古内さんとの話し合いの後、昼飯を食い病院の食堂へ行くためにエレベーターを待っていた時だった。

「もし私がお前の恩返しできなかったらどうしたらいいんだろうな」

薄々そうだと思っていたとはいえ、故郷に帰れない可能性が高いシラノからすればそれは大いなる悩みだった。

「言葉こそ魔法でどうにかなっていてもこの世界の知識や常識も持たず、足もお金も身寄りもない状態では借りが返せない」

「しれっと言ったけどお前が普通に話せるのって魔法のお陰だったのかよ」

「ああ。まさか異世界でも翻訳魔法が普通に使えるとは思わなかったがな」

「じゃあ人前で芸のふりをして魔法を披露して小銭を貰えばいい」

「そのような卑賤の民のようなことは……いや、今は俺自身が卑賤の民か」

自嘲したような笑いを零すとエレベーターがやってくる。

この男にとって今の自分は決して納得のいく境遇ではないのかもしれない。

「あとは猟師なんてどうだ、免許取らないとなんないけど力仕事は得意だろ」

「猟師か。仮にも貴族が猟師とは知られたら馬鹿にされるだろうな」

「手品師だろうが猟師だろうがお前が自立するために選んだことを馬鹿にする奴はこの世界にいないよ」

むしろ足を失って何もない状態から金銭的自立のために手に職をつけたと言えば褒められてもいいぐらいだ。


「もしかして今の俺は自分で自分の衣食住を賄えば他の事は何も考えなくていいのか?」


シラノの問いかけに「当然だろうが」と答える。

自己紹介でシラノが自分は帝国貴族で騎士団長だなどと言ったところで信じる奴はほぼいないし、貴族らしさだとか騎士団長らしさだとか誰も求めちゃいない(少なくとも俺はそう)

「……それは、すごくいいな」

「貴族らしさと男らしさとかそういうもんかなぐり捨てて、早く自立して俺が立て替えた金を返してくれ」

エレベーターがチンと音を立てて止まる。

ドアが開けば遠くの窓越しには空と太平洋が広がる大食堂だ。

「いま、少し気が楽になった」

シラノはぽつりとそう呟く。

もしかしてこいつはずっとなんちゃら帝国の貴族で騎士団長らしくあろうとしていたのだろうか?

見知らぬ街で貴族として気を張り続けていたとすれば、それはずいぶんと大変だっただろうと同情してしまう。

「俺注文してくるから席とっといてくれ、Cランチでいいよな?」

一番安いランチセットの名前を挙げれば「わかった」と答えて松葉づえで空席を探しに行く。

さて俺は昼食何にしますかね……まあ、今の俺はあんまり高いもんは食えないんだけどさ。

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