第七話【一日目】リア姫様筆頭就任記念杯③

『――さぁ、先頭二頭は最終コーナーを超えて一周目最後の生垣障害に向かう、力強い走りが続くぞ!』


 先頭二頭は既に第四最終コーナーに差し掛かってるわ。コーナー中程の最後の生垣障害を超えると正面スタンド前の直線が六百メートルほど。ここが勝負の分かれ目ね!


「よし、良い子。スノーホワイト、一周目最後のジャンプよ、そーれ!」


 思ったより前方を走る騎手の声が聞こえる。

 流石エメリー、声がよく通るわ。ふふふ、奥方様全員の目がハートよ。


「よし、このままもう一周だ! 帝国一の名馬のほまれ、この国でも見せつけよう!」


 あら、マイダーリンの声も聞こえるわ。

 張り合ってる張り合ってる。男の子ねー!

 ラルスとエメリーの二人が並んで駆けていく。正面スタンドでは何故か押し殺して泣くようなご婦人達の姿が見える。

 なんだろ?


『――ラルス公のランガンナーとエメリーのスノーホワイトが並んで正面スタンド前! スノーホワイトが内、ランガンナーが外で駆け抜けていきます! あっ、これは凄い。ご婦人達の皆様はエメリーが見えなくてもブーイングしません。耐えております。流石は貴賓溢れる貴婦人です。もう一周ありますので我慢下さい!』


 そうか。ラルスが邪魔で内側のエメリーが良く見えなかったのね。でも、お淑やかにハンカチを噛んで耐えてるんだ。

 わたしも見習わなきゃ!


『――さぁ、流石は優駿達であります。それぞれ個性を生かして駆け抜ける五頭であります』


 わたしは今は四番目ね。三番目のナイアズさんとはどんどん差は縮まって五馬身ほどの差かな。

 抜けちゃうかな?

 ニヤニヤほくそ笑んでいたら歓声でメインスタンド前を駆け抜けていることに気付いた。

 あっ、観客の皆さんに挨拶しなきゃ!

 手を振りまくると歓声がどっと大きくなった。

 嬉しい!

 そっと後ろを振り返る……ふーむ、ニールさんとは結構距離が離れたなぁ。よし、気合い入れよう!

 

「おっと、二周目に入り先頭を走る三頭は疲れが見えるか。特にセントプリーストはもう走れないか!」


 あれ? ホントだ。止まりそうよ。


「ひひん、ひひん(お嬢、追い抜くよ!)」

「アイアイサー!」


 横をすり抜ける時にナイアズさんの様子を伺う。

 馬上のナイアズさんの髪には枝が刺さりまくり白目を剥いていた。

 気絶しているだけ……よね。

 慌てて司法騎士団の皆さんも駆けつけて来てる。慣れた感じだから、いつもの事っぽいわよ。


「――あーっと、セントプリーストはトラブルかー! というより馬上のナイアズ伯がダウンしているぞ。どうやらここでリタイアのようです」


 二周目最初の生垣を跳ぶ前にもう一度振り返る。

 あっ、様子を見に行った人が両手で丸を作ってるわ。良かった。お祭りで怪我はダメだからね。観客も安心してそうよ!


 生垣を跳び越えてから今度は先頭二頭を眺める。

 あれ? 思ったより近づいてるぞ。


「ぶるるっ、ひひーん!(先頭二頭はペースが落ちた。チャンスよ!)」

「あはは、アームガード、あなたも気合い出て来たわね!」


 ラルスが先行してる。エメリーの馬もそろそろ頑張れなさそうよ。障害の前でモタモタしてる。

 ここは追い抜く!


「エメリー、おっさきー!」


 障害の前で踏切をやり直していたエメリーの横を駆け抜けていく。


「リア様!」


 エメリーの満面の笑顔。心底楽しそうよ。

 この笑顔を間近で見たらご婦人達は気絶モノね。


「ほらっ! 後一周、がんばれスノーホワイト。もう一度!」


 何回目かの挑戦で障害を飛んでいく。その時、ニールさんのオジイチャンサンが横を追い抜いていく。


「えっ? もう、そんなに追いついて来てるの?」

「ひひん!(お嬢、集中して!)」


 あっ、アームガードも焦ってるんだ……。

 今なら分かる。凄いプレッシャーが後ろから近づいてくる。無言で自信満々に前だけ見据えているニールさんとオジイチャンサン。

 身体の奥からブルブルっと震えがきた。

 武者震いね!


「気合い入ってきた! アームガード、勝とう!」

「ひひん!(もちろん)」



◆◆◆


 スノーホワイトは踏切タイミングが合わないことが多くなってきた。何度も踏切をやり直しながら障害を飛越していく。

 ランガンナーもペースが落ちて、タイミングも合わなくなってきたが、無理矢理に飛び越えていく。

 二周目序盤の障害でエメリーのスノーホワイトはアームガードとオジイチャンサンに抜かれてしまった。


「さあ、もう一度! スノーホワイト、あなたはできる子よ! ふふふ、がんばって!」


 テンション高く楽しそうなエメリー。

 苦戦中の水濠障害を三度のやり直しで超えていく。観客からは惜しみない拍手が沸いた。

 エメリーに賭けた貴婦人達はそもそもが応援の為の投票で、勝利には特に頓着していない。美しく華麗に、そして楽しそうにレースに参加するエメリーを観ることができただけで幸せそうだ。


 ラルスもテンション高く先頭を駆けるランガンナーに跨っていた。背後から迫る二頭のプレッシャーにランガンナーのペースはボロボロだったが、レース経験などないラルスは先頭を駆け抜けている、この状況が楽しくて仕方がない。


「さぁ、勝利は間近だ! 皆に(特にリアに)褒めてもらえるぞ。がんばれ!」


 竹藪が連なる障害をタイミングがずれたまま無理矢理に飛越すると、更にペースが落ちてしまった。しかし馬の気持ちなど分からないラルスは近づくゴールにテンションが上がっていく。


「勝利の栄光は近い、行くぞランガンナー!」


 反対に(人には判別できないが)苦悶の表情で駆けるランガンナー。


「ひーひひん……ひん!(このまま……いけるのか? いや……このレース、勝てれば脚の一本や二本、失っても後悔などせぬ!)」


 ランガンナーは障害を飛越する際に落鉄(蹄鉄が取れること)してしまい、しかも蹄の間に小さな竹が刺さっていた。


「ひひん……ひん!(むぅ……ペースが上がらん……だがしかし、最後まで走り切るぞ!)」

「そうだ! 行こう、ゴールはすぐそこだ!」


 低めの障害を何とか飛び越える。ラルスは着地したところで気配を感じて後ろを振り返ると、芦毛の馬体が空中に見えた。ペースを落とさず駆け続けたリアのアームガードが遂に追いついてきた。


「リアか!」

「はーい、ラルス! 負っけないわよー!」


―――――――――――――――――――


【蹄鉄】

お馬さんの靴


【落鉄】

靴が脱げること

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