第八話【一日目】リア姫様筆頭就任記念杯④
◇◇
「望むところだ!」
こうじゃないとね!
「アームガード、勝つよ!」
「ひん!(当たり前のこと!)」
二頭が並走し、最後の障害に向かっていった。
◆◆
アームガードはランガンナーなど眼中に無かった。ここを抜けた後、オジイチャンサンとの直線勝負になるはず、と、そこに集中していた。
「ひひん(勝たして貰うわよ)」
軽口を叩くが乗ってこない。不思議に思い、ここでランガンナーに目を配ると、何故か漆黒の巨馬の息は荒く、足捌きも何かを庇っているようだった。
「ひん……ひん!(跳べるか……いや、跳ぶ!)」
悲痛な覚悟で前だけ見て駆けるランガンナー。前脚に目をやると落鉄していて何かが刺さっていた。
「ひひん、ひひん!(ペースを緩めなさい。落鉄したところに竹か何かが刺さっている。無理すれば二度と走れなくなるわよ!)」
「ぶるるっ! ひん、ひひん!(下賤な駄馬は黙れ! 私は……私はこの男を優勝させる義務があるのだ。私の存在意義……邪魔するな!)」
視線も向けずに苦しそうに最後の飛越に向けてタイミングを合わせ始めるランガンナー。
(あらあら、頑張り屋さんでやんちゃな子ね。そういうところはタイプよ……でも!)
アームガードに苦い記憶が蘇る。
前世では怪我のままレースを続け、悪化させたことで予後不良と診断されて安楽死処分になった馬を何頭も見ていた。
(私の目の前で、もう同じ悲劇は繰り返させない! よしっ!)
「ひひん、ひひん、ひひーん!(お嬢! お嬢! 緊急事態よ!)」
「ん、アームガード、どうした……あっ、ラルスの馬? 怪我なの? よーし、分かったー」
何故か意思疎通できるアームガードとリア。
――実はアームガードはチートで『意思疎通』の能力を授かっていた。リアは『異世界だしそんなもんかな』と思いあまり不思議に思っていなかった
最終コーナーの大きな生垣を前にリアはラルスの前に強引に馬を割り込ませる。
「くっ! リア、何故っ!」
「止まってー、あなたの馬、怪我してる!」
「何っ!」
◇◇
ラルスは手綱を引いて馬を止めようとしてくれたが、勢い余ってランガンナーがアームガードに体当たりしてくるのを止められはしなかった。その直前に手綱を手に絡め、
その瞬間、まさしく交通事故のような衝撃が襲ったが、何とかアームガードの横に片手片足だけでくっついて落馬を免れた。
「ギリギリセーフ……」
アームガードが心配そうにこちらを見ている。
「ふふ、大丈夫よ」
「ひん……(良かった……)」
ここで慌てたラルスの声だけが聞こえてきた。
「大丈夫か、リア!」
あっ、うしし、抜け出して抱きついてやる……って、手足を手綱と鎧の紐に絡めたのは良かったけど、本格的に絡まっちゃって抜け出せないわ。
逆に助けて欲しいかも。
踠くわたしを見て少しずっこけるラルス。
「大丈夫……みたいだな」
右往左往しているところに安心した顔で近づいてきた。
「ふぅー……無茶するなよ……」
「へへーっ、ごめんよー。ちょいと降りるの手伝って」
そっと抱き抱えてくれるラルス。でも全然取れない。いやラルス、抱えるフリしてわたしに触ってない!
「ちょっと、抱き抱えてよ! 体重が掛かっちゃって取れないのよ」
「えっ、あぁ……」
おずおずと抱えられると頭に浮かぶのは貴族院時代の騎馬戦だ。肩車されたり思いっきり抱きついたり、顔が赤くなるのを止められない。ラルスを見てみると、もはや赤黒いと言ってもいいくらい赤い。
「ぷぷっ、照れ過ぎよ」
「うっ……慣れんものは慣れん」
覚悟を決めたのかわたしの腰を抱かえてから足を上げてくれた。
うわっ、軽々持ち上げられてる。
あれ? こ、コレは俗に言う『お姫様抱っこ』ではありませんか?
抱えられて分かる体幹の強さ。下手なリクライニングシートより安定感がある。想像以上の力強さに思わずドキッとしてしまう。
「あ、あありがと……」
「ん……」
ここで手足が外れて完全に抱き抱えられる形になった。ふと見つめ合う二人。
「ラルス……」
「リア……」
少しだけ互いの顔と顔が近づく。
ふと二人の顔に影が落ちる。直ぐ横をニールとオジイチャンサンが悠々と飛んでいった。
「ご両人、お先に失礼する!」
「あっ!」
お姫様抱っこでラルスに抱き抱えられたまま、飛越する馬に目をやる。綺麗でカッコいい。
ふふ、アームガードが惚れるのも仕方がないか。
「近くで見る馬のジャンプはカッコいいわね……」
ラルスから返事はない。目を瞑って唇を少し尖らせ凄く遅い速度で近づいて来る!
「ラルス! 皆んなが見てる……」
当たり前だが観客は二人に注目していた。
ラルスは『えっ、今更キスはダメなの?』と悲しそうな顔を一瞬したが、わたしが恥ずかしがっていることで状況を思い出してくれた。
「あっ、そうか……そ、そうだな、お前の騎乗姿も見惚れるほどだったぞ」
「えっ? あらそう、えへへっ」
キスしようとしたことを誤魔化そうとするセリフかもしれないが、この状況ではただ嬉しさが込み上げる。足がフワフワする……って全然降ろしてくれない。
足をパタパタさせてアピールしても抱えられたままだ。
「ラルス……えーっと、そろそろ降りようかなぁ……」
「……! あああああぁ、す、すまん」
照れながら慌てて、それでいて大変丁寧に降ろしてくれるラルス。
こいつめ……どうやってまたキスに持ち込むか、とか考えてたんじゃなかろうか。睨みつけると後ろめたいのか目を背けられた。
キスくらい強引にしてくれても良いのに……自然に浮かんできた気持ちに自分でビックリする。ふとラルスがこちらを向いたので、今度はこちらが目を逸らす。
そんなことを数回繰り返す内に、やっと今の状況を思い出した。
「遊んでる場合じゃなかった!」
赤く染まる頬を両掌で押さえながら馬の元へ走るとラルスも追いかけてきてくれた。
そこではアームガードが暴れるランガンナーを宥めているように見えた。
「ひひーん、ひひーん、ひん!」
「ひひん!(お黙りなさい! 全く女々しい)」
あ、アームガード厳しい!
「ひひん……ひん……ぶるるっ……ひん」
「ひんひひん、ひん(ほら、無理しちゃダメ。貴方のご主人も心配そうよ?)」
あら、優しい。
ラルス……心配そうに近寄ってる。
「ひひん……ひん……」
漆黒の巨体が弱々しく見える。ラルスの一言に怯えているのがありありと分かる。叱られるのが怖いんだろう。でも大丈夫。
「ひん、ひひん?(あら、貴方にはその男がそんな狭量な男に見えるの?)」
「ひん……」
そうよ。マイダーリンは優しいのよ。
ラルスは足を触りながら愛馬に優しく語り掛ける。
「すまんな……お前を無理させていたのか。こんなレースの優勝などよりお前の方が大事なんだ。良かった。怪我は酷くなさそうで本当に良かったよ」
「ひひん……」
ここでアームガードも優しく呟く。
「ひひんひんひん……ひんひん(私達の役目はこんな競技会で目立つことじゃないわ。互いのご主人を素早く安全に運ぶこと。それに……ふふふ、貴方の綺麗な脚が怪我したままで放っておくのは私の矜持に反するのよ)」
「ひひーん!」
あからさまにラルスの愛馬が狼狽えている。いや、アームガードを見つめている。
この子、今、ラルスの愛馬を落としたわよ!
凄いわ! 後でテクニック教わろうかな……。
アームガードに声をかけようか悩んでいると、背後から白い馬体が近づいて来た。
「リア様、ラルス様、ご機嫌よう!」
「あっ、エメリー!」
そこにエメリーの白馬も最後の障害まで辿り着いた。かなり馬はバテていて、障害を飛び越えることを嫌がっている。
「どうどう、最後の障害よ! ほら、スノーホワイト、頑張って!」
楽しそうなエメリーの声。それを聞いた白馬は何とか障害を超えていった。
それを見ていると、わたしの中にまたレースへの情熱が再燃したのが分かった。
ふんっと鼻息荒く、サッと馬に跨る。
「ラルス! わたし達はもう少しレースがんばるよ! またねー」
手綱を構えると、アームガードはゴールの方を向いてくれた。
「ひひーん!(あはは、うちのお嬢様はまだ走りたいって。じゃあ機会があれば、また会いましょう)」
よし、気合い十分!
ほんの少しの助走で大きな生垣を軽々と飛び越えるアームガード。
「あはは、お前はやっぱりサイコーだ!」
「ひひん!(当たり前よ!)」
最後の直線に向かう、白い馬体に向かって。
◆◆
華麗な跳躍を呆然と見送るランガンナーとラルス。
(トゥンク……)
「ひん! ぶるるっ……(はっ! 今のは何だ? まさか、アイツが気になる……だと?)」
ランガンナーは
「ホントに素敵だな。リアも……アームガードというあの馬も」
「ひひん……(はい……そう思います)」
馬達も異世界転生モノっぽいことをやっていた……のは誰も分からないこと。
―――――――――――――――――――
【予後不良】
競馬においての予後不良は、怪我や病気で回復困難な時に安楽死処分が妥当と判断されることを言う。非常に悲しい。安楽死処分せず治療すると、更に悲劇的な結果を迎えることが多い。
【トゥンク】
イケメンを意識した時の胸のときめき
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