第六話【一日目】リア姫様筆頭就任記念杯②

『――それでは、リア姫様筆頭就任記念杯、開始となります!』


 気合十分の五頭の前には大きな旗を持つスターターがいる。観客を含めて一瞬の静寂。

 旗が大きく振られると、一斉に各馬が駆け出した。

 

『――さぁ、今、フラッグが振られました!』


 わーお、ラルスのランガンナー、スッゲー速いじゃん。続くのはエメリーのスノーホワイト、一馬身差でナイアズさんのセントプリーストね。

 三頭は時々言い合いしているように牽制し合いながらコースを突き進んでいく。


「アームガード、この位のスピードで良いの?」

「ひひん!(アイツの二馬身前、これを維持するわよ!)」


 オジイチャンサンの少し前で良さそうね。


「分かったわ!」

『――さぁ、トップ集団の三頭から明らかに遅いペースでリア様、そこから二馬身差でニールのオジイチャンサンが追走します』


 アナウンスがあるとテンション上がるわね!


「ひひーん(私で……あの古兵ふるつわものに勝てるのか? ふふふ、全日本馬場馬術選手権、あの時のプレッシャーを思い出すわ!)」


 でもアームガードはオジイチャンサンのプレッシャーを感じてるみたい。そうね……今は私にも分かる。

 あの馬の前に居ると、背後から怖いくらいの迫力を感じるわ!


『――さぁさぁ、このレースは生垣などで作られた障害コース二周で争われます。我が国ナイアルスと帝国連邦盟主の威信を賭けて優駿ゆうしゅん達が駆け抜けていきます、と、セントプリーストに乗るナイアズ公だが、あれ? 大丈夫なのか?』


 アナウンスが気になりそっと前の集団を見る。

 うぷぷ! 三番手に位置するナイアズさんヤバいわよ。馬の背にピタリと座って乗ってるから高速で上下動してる。アレはアレで楽しそうよ!


「ねぇ、アームガード、あれ凄いわね!」

「ぶるる……(怖いわ……)」


 そのまま見ていると、先頭の二頭が最初の生垣障害を力強くジャンプした。すぐにナイアズさんの馬が来たがジャンプする兆しが見えない。

 まさか! うひゃー、生垣の薄いところにそのまま突っ込んだわ!


『――おーっと、セントプリースト、最初の障害にジャンプせず突っ込んだー! おーっ、何とか抜けたぞー』


 気合いが凄いわ。あの馬、セントプリーストよね。ナイアズさんと凄くピッタリのペアよ。


『――さぁ、スノーホワイトとランガンナーが速い。少し遅れてセントプリーストも強引に突き進む! さぁ、残り二頭はどうだー!』


 さて、わたしの番よ。華麗にジャンプするから見ててね。最初の生垣障害の高さは一五〇センチくらい。練習の成果、お見せするわよーー!



◆◆


「リア様、大丈夫かな?」

「無事なら何でも良い! あぁ、がんばって下さい」


 この時、リアを良く知る自国の観客達は口数が減り、祈るように手を胸の前で組み始めた。リアの中では割と思い出に置き換わっている過去六回の観覧式の騎乗だが、それはそれは酷いものだった。



 一年目の夏

 スタート位置で草(タンポポ)を食べ始めて出遅れる。


 一年目の冬

 パレード終盤で草(ハコベ)を食べ始めてしまい、リアが馬から降りて無理やり引っ張りゴール地点まで辿り着く。


 二年目の夏

 観客の持ってきた人参を食べて一人パレードが終わらない。


 二年目の冬

 隣の馬と喧嘩して暴れるアームガードへロデオのように跨り喝采を受けていた。


 三年目の夏

 普通に闊歩しただけで観客は涙ながらに歓声を上げていた。


 三年目の冬

 歩き出したらUターンしてしまい馬房に戻ってしまった。それをリアが泣きながら引っ張って連れてゴール。



 そんな黒歴史を観客の殆どが覚えているので、レースで人気が出るはずもなく唯々心配していた。無事に走り切ってくれれば良い、怪我さえしなければ良い、と皆が祈っていた。


「怪我だけはしないで下さい!」



◇◇


「さぁ、行くわよ!」

「ひん!(オッケー!)」


 んふ! 流石はアームガード、前の三頭よりも華麗なジャンプでしょ。踏切でもたつくことも無い。わたしの姿勢だってジャンプと共に空中では前傾姿勢に、そして上体を起こして着地の衝撃を吸収する。

 練習通り!

 これぞ、正しく人馬一体の妙技よ!


「わーーー! リア様ーー!」


 あらあら、ジャンプに成功するたびに観客の皆さんからは惜しみない拍手と歓声ね。


「ひひん、ひひん(お嬢、空中の姿勢、上手になったわね)」

「お前も褒めてくれてる感じね。さぁ、このまま行くわよー」

「ひん……(後は後ろの古兵か……)」


 チラリと後ろを見ると、目立たないほどにスムーズに生垣を飛んでいる。その姿に少しだけゾクリと背筋が泡立った。


「ホント……ヤバい雰囲気よね」


 前に目を向ける。明らかに二頭の先頭グループから一頭が遅れている。

 やはりナイアズさん、ペース落ちてきたわね。


『――さぁ先頭は相変わらず二頭の争い、スノーホワイトとランガンナー、間を二馬身ほど開けてセントプリースト、少しペースが上がったかアームガードは七、八馬身差で追走。おっと早速疲れが出たか、そこから五馬身ほどでオジイチャンサン。アームガードのペースにもついていけません』


 むむむ、まだ先頭まで距離があるから焦ってきちゃう。よーし、少し距離を詰めましょう。


「ほらほら、先頭まで結構離されてるよ! ファイトー!」

「ひんひんひひん!(ダメだ。場の雰囲気と後方のプレッシャーにペースが上げられてしまう。お嬢! あなたも焦らせないで!)」


 あら、もっと落ち着けって……えーっ?

 もっと遅いのが良いの?

 焦っちゃうけど、それが良いのね?


「よしっ、ペースはあなたに任せるわ!」


 そうよ、楽しまないと!

 わたしは主役なんだから、楽しそうにしてないとね。


「さぁ、ヒァウィゴー!」


 叫ぶと観客の歓声も少し大きくなった。

 ふふ、コンサートで歌うアイドルみたいよ!


「ひんひひん!(ふふ、このプレッシャーの中……騎手が元気に楽しそうなのがせめてもの救いね)」


 ペースを落ち着かせようと周りを良く見ることにする。しかし、何故か徐々にセントプリーストとの差が縮まる。


「おぉ、追いつけそうよ、がんばれー……ってあれ、お前、少し怒ってるの?」

「ひひん、ぶるるっ!(お嬢、焦らすなと! しかし……博識そうなあの馬のペースが謎よね。アイツのおかげでペースが掴みづらいわ)」


 あら、ホント。ナイアズさん、そろそろ限界っぽいわよ。明らかに馬上でフラフラしてる。

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