第五話【一日目】リア姫様筆頭就任記念杯①

「あらっ! もうレースねー、ラルス、がんばりましょう!」

「あ、あぁ。賞品なんか要らな――」

「――またね!」


 ラルスのセリフを食い止める。

 ダメよ、それ以降のセリフはまだ早いわ!


「……あ、あぁ。うむ……そうだな、がんばろう」


 いやん、何かを決意した感じよ。わたし達の関係性をこのまま維持するには、わたしが勝つしかないわね。

 負けられないわ。『賞品はお前がいい』なんて言われたら終わりよ。

 栄光の騎士団ライフは終焉を迎えて『愛妻リアのほんわかクッキング』とかが始まっちゃうわ。ところで愛妻って良いわね。愛し愛されな感じが……リア、集中!

 自らの両頬に平手で気合を入れる。


『――今回、レースに参加いただくのは、この勇敢な五名と精悍な五頭となります。皆様、盛大な拍手をお願いします!』


 割れんばかりの歓声に拍手が加わると、あまりの音量に会場警護の騎馬が興奮して暴れだした。でもわたしの愛馬を含めて出場する五頭は全く動じない。

 流石は出走前の競走馬。気合に満ち溢れているわ。


『――流石はこのレースに自ら参加を決断いただいた勇気ある騎士の愛馬。この歓声にも落ち着いております!』


 競走だから着順で皆さん勝手に賭けを始めるんですって。結構トラブルの元だって話なの。だから国営でギャンブルやっちゃいましょうって提案したの。やっぱり風紀が乱れる、とか国が直々に賭け事はあり得ない、とか色々言う人も居たけど、大半は皆さんノリノリだったの。

 だから、安心安全の国営の胴元は大人気。活気が凄いわ。怖いくらい。でも家族連れも多い。親子で予想している家族も多そう。


「リアちゃん、ご飯も美味しそうなのね」

「はい、家族で来て楽しんで欲しかったから。後で食べてみてください」


 エメリーも興味津々ね。

 串グルメにも拘ったわ。ソーセージに串カツ、焼き鳥にリンゴ飴。そうそう、ふわふわパンケーキの屋台も出したのよ。


「凄いわね……子供達も競技場の真ん中の公園で楽しそう。ふふふ、こういうのは良いわね」

「本当ですよ。リア公女殿下。これは帝国の競技場も見習わせて貰いたいですね」

「ナイアズさん、ありがとうございます!」


 へへへ、真ん中を公園にしましょうって提案したのもわたしなのよ。父ちゃんに一、二回競馬場へ連れてって貰ったことがあるの。馬の走る姿を見たり、滑り台とかで遊んだり、おでんを食べた記憶があるわ。


「それに……あの売り子は素晴らしい……」

「はい! 接客や料理も自慢なんです。あとで買ってあげて下さいね」

「リア……またお前のアイデア悪知恵だろ」

「うるさいラルス! ジロジロ見てちゃダメよ」

「うっ……」


 そうなの。世のお父さん向けの作戦で、チアガール風の売り子さんにお酒や料理を観客席まで売りに歩いて貰ったのよ。


「うへへ、お姉ちゃん、ビールもう一杯お代わり」

「うへへ、唐揚げも追加で!」

「うへへー、姉ちゃん、こっちもお代わり」


 皆さんデレデレで売り上げ倍増よ。売り子ちゃん達、ボーナス弾むから頑張ってね!


『――それでは栄えある皆様を先ずはご紹介いたします。一番人気は近衛騎士団の華、天は二物を与えてしまった! 可愛い顔して模擬戦で折った相手の骨は数知れず。その名はエメリー・シュマイザー! 相棒は奇跡の白馬スノーホワイト。五歳牡馬おうまです』

「選手紹介がはじまったわ!」


 エメリーが馬上で姿勢を正して観客に手を振ってるわ。それに合わせて黄色い悲鳴が鳴り止まない。

 美しい毛並みの白馬に跨る男装の麗人。それは正しく『全女性の理想の体現』よね!

 貴婦人達は挙ってエメリーに掛け金を積んでる感じよ。


『――二番人気は帝国の後継者と噂され、最年少で剣豪に抜擢と噂され、我がリア姫と恋中と噂の……今最も話題の人、その名はラルス・マーカスライト! さぁ、全てを持っている若き勇者は、このレースでも勝利を掴むのか! 帝国一の名馬ランガンナー、漆黒の青鹿毛あおかげの巨躯がコースを駆け抜けます』


 静かにラルスは拳をグッと突き上げた。それに呼応するように少なくない黄色い悲鳴が上がる。


「ラルス、結構人気あるじゃん」


 ニヤニヤしながら揶揄うと、ラルスは思ったより照れていなかった。


「民に人気があるのは悪いことではない。他国でも信頼されているとしたら嬉しいことだからな」


 なんていうのか……照れてるんじゃなくて心底そう思ってる感じ。大人っぽくなったなぁ。

 少し感心しながら見つめていると、若い女の子達の黄色い声が耳に入る。


「ラルス様一着、リア様二着でお願いします!」

「いえ……単勝だけなんで二着は聞いてませんが……」

「私はリア様×ラルス様よ!」

「何でそっちなのよ!」

「リア様が攻めに決まってるでしょ!」


 不思議そうに聞いていると、エメリーが楽しそうに教えてくれた。


「リア様は近隣含めて若い女性、特に内気で大人しめな女の子達に大人気なんですよ」

「えっ、嬉しいけど……何で?」

「お転婆だけど首都壊滅の危機を救うお姫様。正に『絵本から飛び出てきたようなお姫様』よね。それと『正真正銘の王子様』の恋物語でしょ? 物語を読むのが大好きで控えめな女の子に大人気なのよ」

「ひゃー」


 これは照れる。

 でも、余計に頑張らないとね!


「……なんか『攻め受け』って論争が彼女達の中にはあるらしいけど、皆があなた達の幸せを祈ってるの。でもリア様と他の人をカップルにする本を焚書したりして結構過激だから私達近衛騎士団も困ってるのよ。俗に言う『ラル×リア原理主義』ね」


 す、凄い……怖い。

 でも可憐な乙女達がわたし達ラル×リアにこぞってお小遣いを賭けてるわ。

 やっぱり嬉しい。皆さんが応援してくれる。

 あっ、ラルスは呆れてる。何でよ!


『――さぁ、ゲスト出場者が三番人気をさらったぞ! 帝国本国の治安を護る法の番人が突如の参加。実力は未知数だがこの自信に満ち溢れた姿を見よ! ナイアズ・ロレーナ、愛馬セントビショップと共に、今日、その名は伝説になる!』


 エメリーと一緒にナイアズさんを眺める。ラルスに一礼すると、自国の応援してくれる人に手を振っている。


「ナイアズ様の馬術の腕前は知られていないわ。私達にも情報は入ってないの。でも、あの精悍な顔つき。自信満々よね」


 エメリーの解説を聞きながら横顔を見つめる。確かにノーラと似てる。特に……あの自信満々な感じが歌を歌い出す前のノーラにそっくり。

 ふふふ、朗々と音を外し続けるノーラにはビックリしたものね。


「ちょっと期待しちゃうわね」


 ふとラルスを見ると少しだけ困った顔を浮かべていた。ナイアズさんの関係者も挙って同様の表情を浮かべてる。

 やっぱり別の意味で期待大ね!


『――そして、四番人気は、さぁさぁ主役の登場だよ! はらぺ……』


 アナウンサーに殺気を向ける。


『――あぁ……ま、魔導の天才リア姫様。愛馬は六歳牝馬のアームガード。芦毛の美人と……えーっと、金髪の美少女が、この草原の特設コースを駆け抜けます……って感じでどうでしょうかね……』


 うんうんと頷く。


「良いわー。選手紹介はやっぱりアガるわー。ふふふ、これもお約束よね! 貴女もそう思うでしょ?」


 馬上から呟きながら首元を撫でるとアームガードも嬉しそうに小さく嘶いた。


『――最後はニール・バウマン改めニール・ミューラー! 騎乗技術は折り紙付きだが……今回の馬の選択は……うーん、どうなんでしょう? 十四歳の牡馬オジイチャンサン、ちょっと馬齢が高すぎるでしょう。それを嫌ってか、現在の人気は最下位です』


 あら、慌てる様子もない治安守護騎兵隊の皆さん。自信満々よ。


「まぁ、仕方あるまい。人気くらいは主役とゲストの皆さんに譲らないとな。なぁ、ニール?」

「えぇ、心配しないでください。前半は皆様の見せ場にして後半勝負で行きます」


 ニールさんは親戚のお兄ちゃんって感じ。一応わたしが命の恩人だから丁寧な言葉遣いをしてくれるけど、調子に乗ると頭をクシャクシャに撫でてきたりするのよ。

 嬉しかったけど、周りの同僚から思いっきり止められてたわ。


「では、我らが騎兵隊の知名度アップの為にも頑張ってくれ」


 げっ、あのオッサンもいる……。

 横目で様子を伺う。


「あっ、はい! ゴート伯!」

「……ところでリア姫に挨拶しに行って良いかな……」


 ひいー、ニールさん、オッサンを近づけないで!

 必死でアイコンタクト。


「い、いえ、やめた方が好感度が上がりますよ」

「うむ……ではいつもの通り応援だけにするか……」


 応援団扇を両手に熱視線を送るゴート伯。

 ビクッとするリア。


「ゴート伯、『ナイアリス死霊騒乱』で傲慢さが叩き折られてからは清廉潔白さと勤勉さと情熱だけが残ったのよね。今じゃ本当に優秀な指揮官だわ……」


 少しだけエメリーの頬が赤い。

 このイケオジ好きが!


「ふふふ、リア様は人気者ですね。いっそ新しい宗教でも開いたらいかがですか?」

「エメリー、やめて!」

「あはは、では他の騎手にも挨拶してきますね」

「はい、レース頑張りましょう!」


 エメリーがナイアズさんの方に向かっていく。エメリーはニコニコだ。渋めだからイケオジ枠なのかな?

 おっ、やっとゴートのオッサンが離れていくわ。


「うー……ゾワゾワしたー。さてと、いつもの通りお任せよー、アームガード」

「ひひーん(今日は程々に頑張るわね)」

「ふふ、カッコいい馬も多いからやる気みたいね! わたしも良いとこ見せるわよー……って、他の馬も張り切ってるわね!」


 周りを見回すと、スノーホワイトとランガンナーが牽制しあっているように見える。


「ぶるるっ!」

「ひひーん!」


 ふふ、レース前で馬も気が立ってるのかな?

 あらあら、ナイアズさんの馬も参戦ね。


「ひひーん」

「ひひーん」

「ひひーん」


 面白いわ!


「アームガード、お前は気になる馬はいないの?」


 すると、ヒートアップする三頭に見向きもせず、オジイチャンサンに向けて首を振っている。


「ひひん(お嬢、このレース勝つつもりなら、アイツに気をつけて)」

「あら、オジイチャンサンが気になるの? うぷぷ、お前も渋いイケおじが好きとは……」

「ひひーん(アイツ……やはり強い……)」

「油断するなってことかな? 分かったわ!」


 アームガードはくたびれた馬へ向かって跳ねるように歩みを進める。すると、くたびれていた馬が急にその場で跳ねるように足踏みを始めた。

 ニールさん、ビックリしてるわ。


「おい、急にどうした、落ち着けよ。ハイドー!」

「ぶるるっ」

「ひひひん、ぶるるっ!(何とっ! パッサージュに気付くだけでなく、自らピアッフェまで……ふふふ、お見それしました。貴殿は名の知れた古兵ふるつわものとお見受けしました)」


 へー。楽しそうなことになってきたわね!

 あっ、ラルスもこっちに来てくれた。


「ぶるるっ!」

「ひひん」

「ひひーん(そうねぇ……貴方可愛いから私は勝たせてあげても良いわよ。後で一緒に飼葉食べない? うふふ)」


 えっ、ナンパ?


「ひひーん!」

「ひひん!(! 貴様……お嬢を侮辱するのか?)」

「ひひひーん!」


 あら、一触即発?

 溜飲を下げスタート位置に戻っていく(ように見える)ランガンナーを睨みつけるアームガード。


「アームガード、ランガンナーと仲良くね……って、あら、やる気出ちゃった? というより……あら。分かったわ。貴女の指示に従うわ」

「ひひーん!(私は元よりお嬢も馬鹿にするとは……その罪、万死に値する!)」


 ふとオジイチャンサンに目をやると、こちらを横目で楽しそうに眺めていた。くたびれた感じが無くなり気合が満ちているように見える。


「ぶるるっ、ひひひーん!」


 オジイチャンサンが楽しそうに嘶いたところで開始のアナウンスが始まった。


―――――――――――――――――――


【スノーホワイト】

白毛の五歳牡馬。真っ白。プライドが高い。エメリーが好き。


【セントプリースト】

栗毛の六歳牡馬。明るい茶色。頭が良く、簡単な計算ならできる。


【ランガンナー】

青鹿毛の四歳牡馬。真っ黒。エリート馬で血筋最強。


【アームガード】

芦毛の五歳牝馬。灰色と白が混ざり合っている。前世では十二歳の時、護衛対象を守り凶弾に倒れた。女神馬に転生された。チートは意思疎通。


【オジイチャンサン】

栗毛の十四歳鹿毛。濃い茶色。モデルは勿論オジュ○チョウサン。渋くてカッコよくて強い。


【パッサージュ】

跳ねるように少しずつ前に進む歩き方。馬場馬術の使われる歩法。


【ピアッフェ】

パッサージュと似ているが、跳ねるような足運びのまま足踏みすること。難易度が高い。

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