第四話【一日目】夏の観覧式③

◇◇


「あー、ホント恥ずかしい目にあったわ……」


 ほんのり赤い頬を両手で押さえながら通路を歩く。既に四回ほど「仲良いわね」とか「ラルス公とお似合いよ」などと揶揄われた。

 立ち止まって頭を数回振る。


「さて、メインイベントよ。気合い入れないとね」


 パレードの第二部は趣向をガラッと変えて『障害騎馬競争』を予定しているの。騎乗訓練を行う王宮近くの草原に観客席を作って、そこでパレードと競争をするのよ。気分はオリンピックスタジアムよね。


『――あー、テステス……んほんっ!』


 アナウンスも流れ始めたわよ。


『――今回の障害騎馬競走には各騎士団から選りすぐりの騎士の皆様がご参加されています。まずは、州都グロワール警護を担う近衛騎士団です。今回の競技では近衛最強と言われる女騎士エメリーが参加を……』


 アナウンスが流れると反応するように其処彼処で歓声が湧いた。んふふ、アガるわねー。


「馬上槍試合もやってるし地元有利だろ。こりゃ優勝候補だけど、女騎士が出るらしいじゃねーか。期待できない――」

「――エメリー様を侮辱すると許しませんよ」


 おぉ、競馬好きっぽい男性達とご婦人達が揉めてるわ。ホントにエメリーは世の奥様方に人気よね。


『――続いて首都ナイアリス警護の治安守護騎兵隊。巷で噂のニール・ミューラー伯が……』

「ここは騎兵の名が付いてるくらいだ。強そうじゃないか?」

「いや、ダメだ。馬がくたびれてる」


 首都ナイアリスでは厳しい訓練も名物なんですって。今回は噂のニールさんが出場するらしいわよ。


『――さて、主役のご紹介となります。その名は閃光騎士団。今年から筆頭騎士となるリア様が参戦します!』


 なかなかの人気っぷりね。


「きゃーーー! リア様〜」

「がんばってーー!」


 ん? 何故か黄色い悲鳴が多いわね……まぁ良いか。同世代の女性に人気があるのは嬉しいわ。

 わたし達、結構遠距離の遠征が多いのよね。だから数日の間、馬に乗りっぱなしってのも結構あるの。自信満々よ。騎士団のみんなはラリーを推してたけど……やっぱり世間様のご期待に応えなきゃね!


『――更に、この二つの騎士団がサプライズで参戦します。まず、帝国本国・首都グラーツ警護の司法騎士団。地方騎士団の中では質、量、共に最強の呼び声高い騎士団です』


 そうなの。司法騎士団と言えばノーラの生家よね。今は司法試験に向けて勉強してて楽団の準備もできない、って愚痴を聞かされたわ。

 出場騎士はナイアズ・ロレーナ。そう、ノーラのお兄さん。今回の帝国使節団の警護責任者でもあるのよ。


「これは期待だな」

「あぁ、あの精悍な顔つきを見たか?」

「見た見た、ありゃ凄いぞ!」


 男性人気があるわね。落ち着いてて如何にも精強な騎士つて感じですものね。

 でも、まだまだサプライズは残ってるんですよ!


『――更に更に、もう一つの騎士団の参加も急遽決まりました』


 どよめいてるわ、観客がどよめいてるわよ。

 さぁ、本当のサプライズは次よ!


『――帝国本国・国家騎士団であるワイマール騎士団の参戦です!』

「おーー」

「本当か? あのワイマール騎士団が……」


『――皆様ご存知の通り、世界最強の名をほしいままにしている騎士団であり、中でも『剣豪』の称号を持つ数名の騎士は単騎で他国の騎士団に匹敵すると言われているのはご存じのことかと思います』


 そうなのよ。

 まだまだ煽るわよ。さぁ、来るわよ、来るわよ!


『――今回、この観覧式の主役であるリア様と恋仲ではないかと噂される『最年少剣豪ラルス公』の騎乗が決まりましたーー!』

「何だって〜!」

「雷帝陛下の秘蔵っ子のラルス公とは……」


 来たーーー!

 サイコーのサプライズでしょ。観客も大盛り上がり……じゃないの?


「やはり……リア様との婚約は冗談では無かったのか」

「マジか……あのお転婆姫様が、て、帝国妃候補……いや、ダメだろ?」

「いかん……い、今から心配だぞー!」


 えーっ?

 ビックリでワクワクでドキドキじゃないの?

 何か別方向でドキドキしてるじゃないのよ!


「出戻ってきても暖かく見守ろう」

「そうだな。それは仕方ない」

「こらーっ! 何で失恋前提になってるんだーー!」

 

◇◇


「もう、プンスカだよ!」


 愛馬に跨りスタート位置へ向かうと、既に出場選手は各自の馬に跨り準備万端だ。それにしても観客も大盛り上がり。

 まるでコンサート会場のスターみたいよ。

 手を振り返してあげると反応して歓声が大きくなる。

 た、楽しい。

 手を振ったりウインクしたりして遊んでいると、オヤジっぽいがなり声が聞こえてくる。


「……締め切りはスタートまでだよ! 賭け忘れて後悔しないようにドンドン賭けて下さいよ!」


 こういった祭りのレースは賭け事にするのが決まりごと。複数の胴元が其々オッズを発表し観客は気に入った馬に賭けるのよ。


「さぁさぁオッズは『近衛の華エメリー』が一番人気、二番人気は『若き剣豪ラルス』! 我らが姫様の『はらぺ……』」


 こんにゃろめ!

 遠くの胴元のオヤジに殺気を向ける。


「あぁっ……『魔導の天才リア姫様』は『法規の守護者ナイアズ』に続き四番人気。『スーパー玉の輿たまのこしニール』は大穴だよー!」


 よし。魔導の天才なら、まぁ、仕方ないか。

 あら、あれはカタリナよ。


「ふふふ、私の特訓は騎乗にも及んでいる。我が花婿の才能と直向ひたむきさで、もはや曲芸師並みの馬の扱いだ。この勝負、勝ったー!」


 あらあら、ニールさん愛する旦那様の勝ちに高額を投入してるわ。

 ふふふ、鬼のカタリナもラブラブね。ニールさん、同僚に冷やかされまくってるわ。でも、ニールさんの馬、ちょっと覇気が無いわね。もっと元気な馬を使えば良いのに。

 さて、他の皆さんの調子はどうかな?


「……本当に大丈夫ですか、ナイアズ様。我々が代わりましょうか?」

「いや、ラルス様が出場なさるのだ。私が出なくてどうする」

「いや、確かにそうなんですが……」


 冷静に馬の調子を見るナイアズさん、如何にもできる男って感じよ。

 でも周りが不安そう。ノーラも芸事全般が大好きなのに、何やっても下手っぴだった。『ロレーナ家は代々一芸が酷い』ってノーラも言ってたから……面白くなってきたわ!


「リア様、お久しぶりです」


 あっ、エメリーだ。

 互いの馬を近づける。相変わらず美人さんね。


「エメリー、元気でしたか? 思い返せば、あなたと旅した貴族院への入学はもう五年も前。ホント、懐かしいですね」

「筆頭騎士就任おめでとうございます。ふふ、小さな女の子が、もうこんなに立派になるんですものね。私もオバさんになる訳だわ……」


 あれっ? 少し拗ねてる?

 エメリー、いつの間にか面倒な女になっちゃったの?


「んー、美人が卑下して自分を『オバさん』呼ばわりするのは、『あなたは若いし綺麗よ』を待ってるとしか思えないですよ……」

「あら、バレました? うふふ」


 拗ねた顔がほころび悪戯っぽく微笑んでる。


「えーっ、それ小悪魔っぽいー、あははは!」


 やっぱりエメリーは素敵な女性よ!

 よし、ラルスにも声掛けておこう。


「ラルス! 調子はどう?」


 あら、少し不満そう。


「リア……お前の差し金か? 俺の愛馬がコッソリと持ち込まれていたのは知らなかった。全く……こういう絡めては苦手だ。目立つのは得意では無いんだがな」


 そうなの。面白いからラルスにはサプライズで突然参加して貰いましょうって帝国の方に協力して貰ったのよ。皆さんノリノリだったわ。


「んふふ、折角だからカッコいいとこ見せてよ!」


 そうよ、ラルスとわたしが最後の直線でトップを争うなんて、ドラマチックよ!


「負けないけどね!」


 ここでウインクしてあげる。

 やった! ラルス撃沈。赤くなって俯いてるわ。貴族院の時から変わってないわねー。

 ニヤニヤ見つめていると、ふと赤い顔を上げてこちらを見つめてきた。


「いや、俺が勝つよ。勝ったら褒めてくれよ」


 精悍な顔つきをこちらに向けている。あらあら、男の子から大人っぽくなっちゃって!


「ふふふ、勝ったら褒めてあげるわ。ねぇ、どう褒めて欲し……っ!」


 しまった、調子に乗り過ぎた!

 どう褒めて欲しいはヤバい。だって『賞品はお前が良い』なんて言われたら……いやーん!

 こちらも急激に顔が熱くなってきた。二人して顔を赤くしながら俯いてモジモジしていると、魔導を使ったスピーカーから大音量のアナウンスが聞こえてきた。


『――あー、あー、テステス……オッケー? はい。それでは夏の観覧式の特別レース『リア姫様筆頭就任記念杯』を開催いたします!』


 観客からは盛大な歓声が上がった。


―――――――――――――――――――


【エメリー】

自分が美人と認識してるタイプの美人。所作が綺麗なので女性人気も高い。でもイケおじ好き。


【ナイアズ・ロレーナ】

ロレーナ家次期頭首。帝国司法局警備部部長、兼司法局馬術同好会会長。馬術を教えるのは得意。


【ノーラ・ロレーナ】

リアの同級生。十八歳。帝国司法局広報部副部長、兼司法局音楽隊隊長。指揮は上手い。

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