第三話【一日目】夏の観覧式②
◇◇
「なかなか酷い目にあった……」
二十人以上に同じセリフを言い続けてやっと解放されたらそのままカーリンに受付の前に連れて行かれた。そこでも同じセリフを十数回。やっとのことで解放されたので、着替える前に昼間っから
今は控室から出て直ぐの隙間から広場を覗くファーリンと合流したところ。
「ハーイ、リア。ご苦労様。あら良い香りね」
「うはは、今日は隙を見せないわよ」
「流石隊長ね。でもお風呂ばっかり入ってるとふやけちゃうわよ」
「うるさい。で、パレードは?」
昼前の王宮前広場では楽団がオーケストラを奏でる中、観覧式がはじまった。先ずはパレードからというのは昔から同じ。
しかし、今年は首都ナイアリス近郊が本拠地の『治安守護騎兵隊』もパレードにゲスト参加していた。
「ファーストタイムはアンタの大ファンからよ」
「うひーーっ……」
そうなの。治安守護騎兵隊の指揮官であるゴート伯。『ナイアリス死霊争乱』の時にじっとわたし達の活躍を見ていたんですって。グロワールにも噂が届くほどの閃光騎士団アンチだったのに今や熱烈なファンになったらしいの。
で、特にわたしのファンなんだって。『がんばって!』とか『目線向けて』って書かれた
もう、恐怖しか感じないわよ。
『――それではパレードが始まります』
パレードは徒歩と騎馬の二部構成が伝統。でもゲストが騎兵隊だから主役が徒歩では華がないわ。だから第一部はパレードの編成も変更して騎乗で色んな騎士団が参加できるようにしたのよ。
でもって今回の第二部はわたし発案のイベントよ。
「ふふふー、貴族院を思い出すわね。元執政官は伊達じゃないってとこ見せてあげるわ。盛り上げるわよー」
「大丈夫? 帝国の人達も、そこは心配してたわよ」
「何でよっ!」
ファーリンと戯れているとファンファーレが鳴り響き、蹄の音が辺りに響き渡る。
『――それでは盛大な拍手をお願いします。まず先陣を切るのはナイアルス公国・首都ナイアリス警護 治安守護騎兵隊』
煌びやかに飾られた騎馬が列を作り列席の賓客の前を通り過ぎていく。先陣を切る治安維持騎兵隊がフル装備で闊歩して観衆からは大きな声援を受けている。
あっ、ニールさん、本当に第二隊の隊長さんに出世したんだ。
元筆頭騎士代理のカタリナの旦那さん。『ナイアリス死霊騒乱』が出会いだったのよね。
「ほら、あそこ。見てファーリン!」
貴賓席にカタリナ夫人、満足そうにニールの晴れ舞台を眺めてる。ふふふ、良かった。夫婦円満のようね。
カタリナの生家は大貴族のミューラー家。カタリナは一人娘なのに行かず後家一直線、後継者が悩みだったんですって。そこに突如として四男坊との縁組が転がり込んできたのよ。あれよあれよという間にニールさんは花婿よ!
花婿の晴れ舞台ですもの。カタリナの笑顔も素敵。
でも知ってるのよ。前に見ちゃったの。『鬼のカタリナ夫人の特訓』をね。ブラック部活の鬼コーチも真っ青になる超スパルタ。『ミューラー家の後押しがー』とか『七光がー』なんて言ってる人達に見せてあげたかったわ。
今では将来の司令官候補と噂されてるって。
『――次に参りますのはナイアルス公国・州都グロワール警護 近衛騎士団』
「きゃーーー」
ご婦人方の黄色い悲鳴が鳴り止まないわ。
この騎士団はね、宝塚の男役よろしくエメリーが大人気なの。
ほら、白馬に跨る男装の麗人。
わたしも十歳で初めて会ってからファンなの。年齢を重ねても綺麗で素敵よ!
「よし、そろそろわたし達の出番。他のパレード見てる場合じゃないわ!」
パレードの控えエリアまで急ぎ戻ると、正装の閃光騎士団の面々が騎乗したまま隊列を組んで出番を待っていた。真新しい制服に身を包んだわたしとファーリンも愛馬に飛び乗って準備完了。
さーて、ここからが主役の登場よ!
まぁ、夏、冬と合わせて七回目の観覧式だからね。流石のわたしも慣れたものよ。
群衆の声援が心地良いわー。
しかし……ふふふ、新人の子達の緊張は伝わってきちゃう。後輩の初試合の時を思い出しちゃうわね。
『――お待たせ致しました。それでは本日の主役、ナイアルス公国・国家騎士団 閃光騎士団』
「リア様ーー!」
「きゃーー! こっち向いてー!」
「ありがとーー!」
ふふふ、やっぱり主役はこうじゃないとね。凄い歓声と拍手よ。
「助けてくれてありがとー」
「リア様〜、ありがとー」
皆さんがわたしを褒めてくれる。
これはアガるわね!
今日のパレードは首都ナイアリスから態々いらっしゃった方々がいつもより断然多いらしいの。やっぱり『ナイアリス死霊騒乱』で怖い思いした人が多かったのかな。事件のことは機密事項だけど見た人も多かったのよね。だから『突発的な死霊発生を偶々派遣先から戻った閃光騎士団と引退したカタリナ、休暇中の
ゾンビの姿を目の当たりにした人々にとって、わたし達は命の恩人。
晴れ舞台にこぞってグロワールまで押しかけてくれたのよ。こんなに嬉しいことはないわ!
「わーーー!」
とはいえ……すっごい歓声。ちょっと頭がクラクラするほどよ。
ほら、あんまり歓声が大きくて、しかも観客の皆さんが花々を投げてくれるのよ。周りの馬も驚いちゃってる。でもねー、わたしの愛馬のアームガードは姿勢を崩すほどやわな馬じゃないわよ。
――実はリアの愛馬『アームガード』は誰も知る術はないが異世界転生
「お前……やっぱりサイコー。大好きだよ!」
背筋を伸ばしたまま小声で呟くとアームガードは『当たり前よ』と言う感じで「ふんっ」と鼻を鳴らしてくれた。
さて、わたしもお澄まし顔を崩さずにラルスでも探しましょうかね。
んー……あっ、居た居た。観覧席のど真ん中で雷帝の横に座ってらっしゃいますか。偉そうな人と談笑する様も何か堂に入ってるわね。
しかし……あの横にわたしが座る?
きゃーー! ダメよ、具体的にイメージしちゃうと恥ずかしくなる。先ずは集中しないと!
というわけで、じっとラルスを見つめてみる。
ほら、こっち向け。恋人の晴れ姿はしっかり見なさいよ!
すると、ラルスの横に座る招待客が肩を叩き、こちらを指差した。ラルスもこちらの方を見たので目が合う形になった。
ラルスの真剣な眼差し。すぐに柔らかな笑顔になり、そっと手を振ってくれた。
こ、これはダメだ。
手を振られるだけでこんなに嬉しい。頬が火照るのが分かるくらいよ。
こちらも小さく手を振り返す。
手を振り合うだけでこんなに幸せな気分になれる。
ほら、二人だけの世界。幸せな世界。
ほら、二人だけの時間。ゆっくりと過ぎる幸せな時間。
小さく小さく手を振り合うだけで――
ここで突然観客達がわぁーっと歓声を上げ始めた。
えっ、なになに!何よ?
あっ、ラルスも不思議そう。ここは自然に手を振り続けながら様子を伺うわよ。
「あっ……」
そういうこと……観客の皆さん、全員わたし達が手を振り合う様を見てるじゃないですか。
あらら……ラルスも気付いたわね。
急速に顔が赤くなる。
いやーん、恥ずかしい!
慌てて手を引っ込めると、ラルスも同じタイミングで手を引っ込めた。シンクロしてるわ!
その瞬間、笑い声が観客から上がる。
「お二人さん、お似合いだぞー」
観客の冷やかしでまたも同時に肩を竦めて小さくなるわたしとラルス。それを見てか、また笑い声が大きくなった。
―――――――――――――――――――
【治安守護騎兵隊】
地方騎士団。格下。噛ませ犬。
【ゴート伯】
噛ませ犬のトップ。精神をへし折られたので軽く病んでいる。
【ニール】
玉の輿。奥さんは鬼嫁。夫婦仲は非常に良好。
【カタリナ】
鬼嫁。仇名も『鬼のカタリナ』。数秒なら世界最強クラス。
【アームガード】
六歳の牝馬(メス馬)。異世界転生馬。異世界転生モノらしく前世の能力を生かして今世で大活躍する。
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