第二章 一日目

第二話【一日目】夏の観覧式①

◇◇◇


 帝国歴 二百九十五年 夏の観覧式 当日



 という訳で、平和で素敵な日々。

 この世界で何度目かの夏の盛りを迎え、観覧式を当日に迎えた。


 隊員達にも正式に新しい制服が手渡され、はしゃぎながら袖を通す閃光騎士団の面々。

 ベージュを基調とした制服は儀礼用の為もあり、光沢のある糸が織り込まれた特別仕様だ。陽の光を反射し艶やかな光を放っている。


 やっぱりカッコ可愛いわ。


 装備も一新された。

 魔導での防御がメインの為、あまり重い装備は付けることは無い。胸鎧と籠手のみで、これらもどちらかと言うと目的は魔導強化の為に付けている。

 今回身に付けているのは儀礼用という事で魔導強化より見栄え重視だ。売れば馬や馬車程度なら買える様な宝石が散りばめられている。


 コレも自慢の逸品が勢揃い。儀礼用じゃない本装備も同じデザインなのよ。


 籠手や鎧の接合部には隙間が作ってあり、歩いたり動いたりする時の動きを妨げない様になっている。動くとそれが音を立てるので、行進の時などは靴音と共に場を盛り上げる効果もある。敬礼する際のカシャッという音も儀礼には重要なのよ!


 ほら、サイコーよ。

 全員で着替え終わると皆を呼びかけて集める。


「皆さん、一時間後に王宮地下で帝国の使節団をお迎えします。それまで自由時間ね。制服を汚さないようにお願いしまーす」

「隊長が汚さないなら大丈夫よ……って、制服に着替えないの?」


 そう。わたしだけは未だ普通の服装。皆さん不思議そうに見ている。


「主役は大変なのよ。お出迎えに騎士団の制服はダメなんですって。しっかりとドレスを着て欲しいって。あー、ホント面倒よ」


 まぁ、帝国本国からの来賓のお出迎えだけは失礼のないように、ですって。お陰でお色直しが何回か入るのよ。

 ジェンダー的にどうなのかしらね!

 あー、面倒。


「リア、面倒、面倒って言ってる割に顔がニッコニコよ。一人お色直しは嬉しいんでしょ」


 ファーリンから図星を指される。うぅ、顔が赤くなるわ。


「こらファーリン、隊長への敬意が――」


 というところで勢いよくドアが開いた。

 カーリンと侍従が沢山入ってくる。


「リア様、お早くお着替えを。では皆さんお願いします」

「えっ、あら、あれー」


 あれよあれよという間に服を脱がされ下着だけにされる。


「ちょっと、脱がしといてからドレスのコーディネートで悩まないでよ!」


 同性だらけと言っても下着姿一人は流石に恥ずかしいわよ。

 周りを睨みつける、けど誰も気にしていない。


「隊長、やっぱり絶望的な絶壁ね」

「ホントだ。隊長小さいです。でもウエストは割と細くて可愛いですよ」

「これからだろ。隊長だって揉まれれば大きくなるわよ」

「ねぇ、70のAってとこ? 細っこいわねー」

「ご飯食べてる? 今度噂のハニーミルクでも飲みにいく?」


 勝手なことばかり……あと乙女の色んなサイズはトップシークレットよ!


「リア、婚約者様に今夜から沢山マッサージしてもらいなさい! あははは」

「こら、ファーリン! もう堪忍袋の尾が切れた! 流血沙汰も――」

「――では、こちらへどうぞ」


 凄い力で侍従の皆さんに引き込まれていく。


「あぁ、乙女の恥じらいを……あぁん、そんなに引っ張らないで! ダメよ、無いモノは無いのよ、寄せて上げてといっても限度があるわ……痛たた、逆にお腹はそれなりにあるんだって……ぎゃっ、く、苦しい」


 やめて、引っ張ったり絞ったり縛ったり、とても人に対する所業とは思えないわ。ほら、ファーリン達も引いてるもの。


「帝国本国のお出迎えは伝統的なドレスと決まっております。ナイトドレスとのバランスで今風のデザインにしておきました」

「大丈夫、腫れはすぐ引きますし、肋骨はヒビが入ってもすぐに治ります」

「毎日締め続けるとウエストも骨の形も変わりますよ」


 あ、皆さん、部屋から出ていってしまう!


「こ、こら、隊長を助けろ! いえ、助けて下さい」

「過酷だけど頑張ってね」

「オレなら耐えられん」

「リア、ファイトー!」


 味方が誰もいなくなってしまった……。


「リア様、では歩き方の復習から。その後でメイクとなります」


 カーリンまで! というより何故に鞭を持って張り切ってるのよ!


「三十分、みっちりやりますよ!」

「ひえーー、お助けを〜」


◇◇


「全く……酷い目にあったわよ!」


 憤慨しながらドスドス歩いていたら、カーリンの持つ鞭がしなってピシッと空中で音を発した。それを聞いて反射的に姿勢を正す。


「おほほほほ、お行儀よく歩きますわよー」

「会話は普通にして下さい。身体の動きだけで気品を保つようにした方が綺麗です」

「厳しいわね……」

「はい。厳しいですよ」


 じっと見つめてみるが厳しいままだ。甘えさせてくれないか……。仕方あるまい。式典はカーリンの独壇場だ。

 期待に添えるよう頑張ろう。


 二人で儀礼用の転送ゲートのある王宮地下に向かうと、既に正装した人でいっぱいだった。


◇◇


 王宮地下の転送ゲートを通って続々と各国の使節団や王族などが続々と到着していた。

 国ごとに控室へ案内されていく。この辺りの段取りはカーリンが事前に取り仕切っていた。正に八面六臂の大活躍。


 そんな中、上層部がバタバタとゲート前に集まり始めた。帝国使節団が北部の転送ゲートにもう直ぐ到着と連絡があったからだ。近衛騎士団と閃光騎士団で当座の役割がないものは既に全員召集されている。立ち位置を指示され厳かに整列させられていた。


 中央にはナイアルス公国国家元首のウィリアム・バルディ公王が落ち着かなげに立っている。周りの御付き共々、緊張が手に取るように分かり痛々しい。

 何とか全員の立ち位置が落ち着いた所で豪華な大型馬車がゲートを抜けてきた。数台同型の馬車が続く。暗殺防止だろう。


 でもー……一番緊張してるのはわたし。遠恋四年でいきなり会うのよ。ちょっと、心臓バクバクよ!


「では、『未来の帝国妃様』、緊張して変なことしませんようにね」

「カーリン!」


 そう、カーリンも揶揄うほど。

 気合いで至極冷静なフリで整列してるけど、心の中は嵐のよう。


 えーっと、最初に何話そう?

 ご機嫌よう、とかで良いのかな……。『ご機嫌様』でラルスが『リア、綺麗になったね』とか、かな?

 うへへ、あっ、でも、あいつ、わたしの事どう思ってるのかな……。

 うぅ、『リア、好きな人が別に出来たんだ』とか言って別れを切り出されたらどうしよう。


 涙出ちゃう……でもってコロス。


 あっ、もしかして会うなりチューされたらどうしよう! 歯は磨いたよね……あ、いきなり舌入れないか……じゃなくてチュー前提?

 きゃーーーー!


「リア、リア」


 ファーリンが横で脇腹を突いている。


「ん、なぁに?」

「面白いから、あんまり色々想像しちゃダメよ」

「えっ?」


 皆がこちらをじっと見つめていた。カーリンは頭を抱えている。団員は笑いを堪えている。国の上層部は呆然としている。

 えっ、なになに?

 問い掛けようとしたところで三台目の同型馬車から雷帝とラルスが降りてきた。


「……何とっ……」


 どうにか驚きの声を最小限に抑えた。ラルスの体躯は少年から青年になっていた。

 わーお。

 そうか……十五歳から十七歳だから中三が高二かぁ。そりゃ背の高さから肩幅まで貴族院時代とは全然違っちゃうか。お姉さん、嬉しいよ!

 しかし……控えめに言ってカッコ良くなったなぁ。これが『推せる』って事か。


 うへっ、思わず見惚れちゃう。

 あっ……ふと気付き、首を下に向けて自分の体型を眺める。

 ぐぬぬっ……こちらは、まだ十五歳よっ! 諦めないで!


 気合を入れる所を団員が見つめている。

 周りをキッと見渡すと全員目を背ける。

 何よ、別にぺったんこじゃ無いわよ、まだ控えめボディーなだけよ……多分。


 両手の人差し指をくっつけてしながらラルスを観察する。

 あらあら、雷帝の横で和かに偉い人達に挨拶してる。何か見ない内にホントしっかりしたなぁ。


 んっ?


 たたたっと無言でラルスに走り寄る。

 あら、慌ててるのはナイアルス側で、帝国側の皆さんはニコニコしてるわよ。もしかして貴族院での噂が拡がってるの?

 逆に不安になるわよ。

 取り敢えず皆さんにペコペコ頭を下げながらラルスに近づくとこちらを振り向いた。


「あぁ、リアか……」


 やっぱりいつもの覇気が無い。


「ねぇ、大丈夫? 疲れたの?」

「えっ? あっ、あぁ、大丈夫だ……そう。少し疲れただけだよ」


 あれ? 怪しい。昔から体育会系だけあって嘘がホントに下手だ。笑顔がぎこちない。

 ふむー……とは言え一旦放置してやるか。色々忙しいだろうから問い詰めるのは後にしてやろう。


「何だよっ? そんなに見るなよ」


 照れ始めるラルス。

 おっ、あんまり変わってないな。いきなりプレイボーイになってたらお姉さん悲しかったよ。

 ご褒美に飛び切りの笑顔を向ける。

 ポンっとラルスの顔が赤くなった。よし、撃沈〜。

 

「あっ……」


 ここで段取りを無視して飛び出したことに気付いた。


「す、すみません……」


 腰を低くして隊列に戻った。

 団員達はニヤニヤして口笛吹いたり揶揄われた。

 くそー、上司に向かって狼藉を働くなよ!


 でも……なんだろ? ちょっと心配よ。


◇◇


 来賓との挨拶がひと段落したら直ぐにラルスを捕まえようとしていたんだけど、全然挨拶が終わらない。いやね、十五で筆頭騎士は珍しいかもだけど、そろそろ『若い者同士で……』とかならないの?

 あっ、他国の騎士とお話し中……ってあれあれ?

 ラルスとエルヴィンの組合せ?

 珍しいー、と思ったら、どこ行くのよ!

 こちらの挨拶が終わらない。もーっ。


 わたしの前の行列はまだまだ途切れない。


「はい、責務を果たす為、精一杯尽力を果たす所存です」


 決まりごとを笑顔で話すこと十二回目よ!

 あっ、挨拶している内にラルスを完全に見失っちゃった……。


 ラルス、泊まりよね。

 じゃあ……会うチャンスは幾らでもあるか。

 よしっ集中しよう。


 途切れない行列をまず片付けましょう!


―――――――――――――――――――


【魔導】

貴族が使える魔法。魔導が使えると貴族になる。イメージを精霊に実現して貰う事で発現する。


【転送ゲート】

複数のゲートを結んでワープできる。仕組みは色々と闇が深い。


【リア・クリスティーナ・パーティス】

主人公。仇名は『腹ペコ暴れん坊』。ケーキ食べてるか暴れてる。ラルスの恋人。ぺたんこ。


【ラルス・マーカスライト】

リアの恋人。仇名は『筋肉オバケ』。照れ屋。強い。

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