第一話【観覧式前日】私達は自分が可愛いの

◇◇


「あら、おはようファーリン」


 部屋から出るとファーリンが今年の新人二名を連れているところにばったり会った。


「リア、グッモーニン。今日は本部を案内してるのよ」

「おはようございます!」

「おはようございます、隊長!」


 ふーん……なんか楽しそうだな。


「じゃあ、わたしも一緒について行こうかな……」

「隊長自らご苦労様。明日本番なのに暇なの?」

「うっさいファーリン。忙しいからこその息抜きよ」


 昨日まではホントに忙しかった。

 よし、午前中はのんびりしましょう。

 ファーリンと二人でキッチンや会議室を案内していくが新人の新鮮な驚きが楽しくて仕方がない。

 はい、次はお針子さんのお部屋。


「ここはお針子さん達のお部屋よ。制服が破れたらココで直して貰えるわ」

「そうそう破れないわよ。しょっちゅう破っちゃうのは何処ぞの暴れん坊くらいね」

「ちょっと、わたしだってそんなに破けないわよ!」


 腕を振り上げて怒っていると、新人二人は不安そう。


「えっ、任務はやっぱり厳しいんですか? 怖い……」

「それにしても……明日の本番……大丈夫かなぁ」

「そうそう……考えると震えてきちゃう……」

 

 明日はわたしと一緒に主役の新人ちゃん二人。

 緊張してる、緊張してる。ホント、初々しいわね。

 毎年『夏の観覧式』はお披露目がテーマ。

 逆に『冬の観覧式』はサヨナラがテーマ。昨年も一人の寿脱退があったの。羨ましいわ。


「頼もーう」


 ドアを開けながら声を掛ける。

 あれ、何やってるのかな? 楽しそうよ。


「ファーリンさん、騎士団はやっぱり古風な喋り方するんですか?」

「アレはリアだけ。サムタイム、変なトーキングするのはリアだけよ」

「……」


 漫才やってるファーリンは放って置いて数名の侍従が騒いでいたのに加わってみる。

 えっ、コレって!


「新しい制服!」

「えっ?」

「あっ、ヤバい、リア様……あぁ、ファーリン様も!」

「見ないで下さい! まだ正式お披露目前なんです」


 新しい制服が届いていた。

 慌てる侍従達。よりによって二人に見つかっちゃった、って感じ。


「ラリー様とカーリン様が浮かれないように、と団員にはまだ秘密なんです」

「特にリア様とファーリン様には見つからないように、と強く命じられていました」

「えー、なんでわたし達はダメなのよ?」


 俯く侍従達。


「絶対に変な騒ぎになるから、とのことでした」

「リア様、ファーリン様、そんなことないですよね?」

「カーリン様に怒られてしまいます……」


 心配そうな侍従の皆さん。ファーリンと顔を見合わせる。


「オフコース、変なこと心配しないで」

「そうよ、ちょっと見せて貰ったら帰るから」


 ニッコリ笑顔で安心させる。


「ファーリン様、リア様〜(嬉)」


 そして、ファーリンと顔を見合わせてからもう一度ニッコリ。


「だから、少しだけ着させてね」

「リトルに試着だけね」

「あぁ、ファーリン様、リア様〜(涙)」


◇◇


 というわけで、新人二名を着せ替え人形にして遊んでいるのよ。


「どうです? サイズ感合ってますか?」


 服に着せられている、と言った感じの今年の新人二名が不安そうに声を出している。


「きゃー! 可愛いー! デザインした人を尊敬しちゃうー」

「勝手に着たことがバレたら叱られてしまいます。そろそろ脱いで下さい」


 無視してファーリンが大騒ぎだ。

 侍従達は焦ってる。秘密のファッションショーなんだから、気をつけないとね。


「そうよ。浮かれすぎないでよ。新人は色々覚えることがあって大変なのはファーリンも知ってるでしょ」


 団長らしい口調で注意しとこっと。


「まぁ良いじゃないの。晴れ舞台の制服なんだから……って」


 ファーリン、振り向いてビックリしてる。

 うはは、よもや既に新制服を着込んでるとは思うまい。装飾や新しくなった剣や籠手も装着したの。こっちの侍従さんは、色々諦めてくれたわ!

 それ、鏡の前でくるくる、くるくるっと。


「どう、どう?」

「確かに可愛いけど……リアが一番浮かれてるじゃない……」


 この制服は筆頭騎士兼騎士団長であるわたしをイメージして作られてるんですって。だから、お気に入りのベージュのコートの配色が基本のカラーになっているの。


「はぁ、フリフリよりキッチリカッチリの軍人さんスタイル。スカートはミニからロングまで選べるのよ。わたしは膝丈フェミニンが好き。渋くてカッコいいのよ!」


 閃光騎士団の信者たるリアちゃんは八歳にして新制服のデザインもずっと考えていたの。フリフリをつける案なんて一蹴よ!

 まぁ、大人達への説得には『ラリーにも似合うようにフリルはやめて。大人っぽいのでお願い』と伝えたけどね。そのやりとりを後で聞いたラリーから複雑な顔で睨まれた時はドキドキだったわ。

 


「さぁ訓練よ。訓練ばかりの日常を感謝しないとっ!」

「いけません! 正式お披露目は明日の観覧式と決まっているんですから! 脱いで下さい!」


 部屋から出ようとすると、流石に侍従達が慌てて止めようと立ち塞がる。うふふ、スルスルと侍従達の間を抜けちゃうよ。

 ドアノブに手を掛けて部屋の中の皆さんに微笑みかける。


「うふふふー。少しだけみんなに見せるだけだから」


 あら、流石のファーリンも焦ってるみたい。


「ヤバいって。またラリーに説教されちゃうって」

「その時は一緒に、ね! ファーリン!」

「やだやだ、ラリー怖いもん、リア‼︎」


 もう止まらないわよー。止めたいならラリーかカーリンを連れてきなさーい。

 ファーリンを無視してドアを開けると部屋の前でカーリンとラリーが二人で談笑していた。


「‼︎……」


 ラリーとカーリンが制服姿のわたしをジト目で睨んでくる。顔から汗が噴き出てきたわよ。


「あぁー、ランウェイの歩き方を……練習しようかなーって思って……」


 そーっと部屋に戻ろうとする。でも首根っこをラリーに掴まれた。


「そうかそうか。そんなに走りたいなら遠慮は要らない。制服は汚すといけないから練習着で走りなさい」


 ラリーがニコニコだ。

 こういう時はかなり怒ってる。


「あぁ、あのっ、えーっ? ランウェイってモデルのお立ち台…」

「ほほう。目立ちたいなら近衛騎士の鎧を借りてきてやろう」

「いやーっ! フル装備で二十キロはやめて〜」

「訓練ばかりの日常は幸せだ。さぁ、感謝しながら一緒に走ろう!」


 カーリンの方を見ながらプルプル震えていると、カーリンは親指で自分の首をすーっと切るゼスチャーをした。


「自業自得ですよ」

「カーリンのバカー!」


 部屋に連れ戻されて着替えさせられると、ファーリンと新人二名も連れ立って訓練場に追い立てられた。


「私達は何も間違ったことはして……」


 ファーリンは逃げの一手。

 睨みつけると横を向いて無視された。


「管理不行届、及び機密漏洩未遂の責任だ。新人は連帯責任というものを学べ」


 訓練場には二体のプレートアーマーが鎮座していた。近衛騎士が馬上槍試合の訓練で使うもので二十五キロはある。

 いそいそと着込むラリー。

 何故、何故にファーリンと新人二名はプレートアーマーをわたしに無理やり着せるのよ!


「ゴメンね。私達は自分が可愛いの」

「う、裏切り者〜」


 訓練場に鎧が二体と体操服姿の三人。


「たまには汗をかかんとな」

「明日は観覧式よ。主役に何させるのよー!」

「そうだな……じゃあ昼迄に終わろうか」

「……鬼」

「プラス十周」

「あぁっ……」


 昼過ぎまで二体の鎧と三人が訓練場を走る姿が見られた。


◇◇


「ひ……酷い目にあった」


 徐々に夏の日差しが牙を剥き、少し動くだけで汗ばむ季節となっていた。結局、昼も食べずにシャワーを浴びてから、式典の準備に奔走していた。

 とは言っても明日が本番。一通りの準備は完了しており、すぐに手持ち無沙汰になってウロウロするだけだった。


「お祭りの前日……文化祭の前日よりワクワクするわね」


 自分が主催するお祭りよ。前世ではお化け屋敷のお化け役やクレープ屋さんの調理担当。今世の貴族院ではプランは考えたが主催はあくまで貴族院側だ。

 しかし今回は違う。主催はわたし。

 皆が手伝ってくれるとはいえ、決定権はわたし。


 パレードで観客が座るスタンドの座席を確認する。グイグイと骨組みを動かしてもビクともしない。

 うんうん頷く。


「良いわね。怖いことや悲しいことは、もう懲り懲りだから」


 半年前の『ナイアリス死霊争乱』の後は赤熱死病の発生も目に見えて減った。正式に筆頭騎士襲名が決まった頃には殆ど発生しなくなっていた。


 それが少しだけ逆に怖かった。

 いつもそう。何かおかしな感染の拡がりの前には長い静かな期間が訪れる。

 街では『リア様のお人柄のお陰』、『教会も祝福している』、『マリータ教に感謝』など信心深い人も深くない人も口々に感謝された。


「違う……何を企んでる……」


 悪意の塊のような存在。

 思い出すだけで身体が震える。両手で自分を抱き締めてただじっと耐える。

 すると、徐々に何かが聞こえてくる。

 そう、皆の声が聞こえてくる。



『標的はリア様だ! ラリー……は居ないか、近衛でも影でも良い、早く呼んでくれ!』


 焦る声。



『リア様、ご無事ですか! ご気分はいかがですか』


 心配する声。



『あははっ! 来た来た来たーっ! リア、来たよー!』


 共に戦う声。



『全員、リアの支援を急げ。術式用意!』


 共に戦う声。



『リア、いつも真剣なお前が好きだ』


 愛を囁く声。



 ポンっと音がするように顔が赤くなるのが分かる。両頬を掌で押さえると熱を感じる。

 城に帰ることにしよう。


「そうよ。何とかならないわけが無いわ。皆がいるんですもの」


 皆のいる場所に帰ることにしよう。


「皆さんと幸せにならなきゃいけないから……」


 ふと、変な想像をする。自分皆が楽しそうに暮らすイメージ。遠くからその光景を眺める。

 そう。わたしは、そっと眺めるだけ。


「それなら、それで、良いわよ」


 皆が幸せなら。

 その先を考えるのはやめた。明日のスケジュールに想いを馳せることにした。


―――――――――――――――――――


この小説の用語を後書きで説明していきます。

面倒に思う方は無視して雰囲気で読んで下さい。


【マリータ教】

この世界の主流の宗教。人の怪我や病気を術式で治すことができる。


【赤熱死病】

この世界特有の病気。薬が無いと絶対に死ぬ。罹患すると五日で死ぬ。でも信仰心が高いと死なずにゾンビ化する。


【閃光騎士団】

赤熱死病の遺体の処理専門の騎士団。女性だけでほぼ非武装。煌びやかなので庶民人気は高い。


【ナイアリス死霊騒乱】

ナイアルス公国の州都ナイアリスでゾンビが大量発生した。


【ファーリン】

副隊長。バリキャリ美人を目指す陽キャ。


【ラリー】

副隊長。弓が上手い。緊張するとゴリラになる。


【カーリン】

○ッテンマイヤー。

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