野生!

猫野 ジム

狩りを目撃した

 カメラマンには三分以内にやらなければならないことがあった。


 ここはサバンナ。言わずと知れた野生動物の宝庫である。自然の摂理『弱肉強食・食物連鎖』が毎日行われているサバイバルの世界だ。


 そんな世界に足を踏み入れた男が一人。男の職業はカメラマン。とりわけ野生動物を専門としている。動物達の生態はもちろん、時には狩猟をカメラで追うことだってある。


 今日も男は安全な場所でカメラを構え決定的瞬間を狙う。大迫力のライオン、虎視眈々と獲物を狙うチーター、ゾウの親子、キリンの食事など、なかなかに満足のいく撮影ができた。


(よし、今日はたくさん撮れたな)


 夜から撮影を始めてずいぶんと時間が経っていた。空はまだ明るいが、男が帰ろうと機材に手を伸ばした時、視界の端に何かチラつく物が映った。そちらを向くと数頭のライオンが一頭のシマウマを追いかけている。


(狩りか。かわいそうだけど俺にはどうすることもできない。いや、してはいけない)


 安全な場所に居るとはいえ、肉眼で見える距離で狩りが行われている。身の危険を感じた男は機材を片付ける手を早めた。

 しかし好奇心がその手を掴んで離さない。男は狩りの様子を見守ることにした。


 すると今度はリカオンが現れた。イヌのようなオオカミのような姿をした肉食獣だ。数頭の群れで何かを追いかけているようだ。

 その先には逃げるシマウマがいる。それは先程からライオンに追われているシマウマだった。


(シマウマ大ピンチじゃないか)


 男はこれまでにも同じような光景を何度も目撃し撮影もしてきた。ライオンだって食べねば生きられない。男はハンターではないし、そうだとしても生態系を乱してはならないのだ。


 そして更に高速移動する塊が見える。それは数十頭はいるであろうバッファローの群れだった。向かう先はやはりあのシマウマのようだ。


(こ、これは……草食なのにバッファローが狩りをしているぞ!)


 男は慌ててカメラを構えたが、残り容量は約三分しかなかった。苦労して夜通し撮影したデータを消すのは惜しい。それなりに珍しい光景も含まれており、何より提出期限が迫っている。締め切りは厳守だ。撮り直しをしている時間は無い。


 先頭に一頭のシマウマ、そこから約十メートルほど後方に数頭のライオン、さらに約十メートル後方に数頭のリカオン、さらに約十メートル後方に数十頭のバッファローの群れ。なかなかにカオスな光景が繰り広げられている。


(三分以内に終わるのか?)


 そんな中、動きがあった。ライオン達が追いかけるのを止めてその場に伏せたのだ。

 ライオンはスピードはあるがスタミナは無いという。きっとシマウマを諦めたのだろう。

 そんなライオン達の横をリカオン達が走り抜ける。当然バッファローの群れもライオン達の横を……と思いきや、ライオン達の上を走り抜けたのだ。


 黒っぽい集団にあっという間に飲み込まれたライオン達。バッファローの群れが通り過ぎると、ライオン達は立ち上がりフラフラと別方向へ歩き出した。バッファロー達の脚でボッコボコにされたのだろう。それでも全員が生きている。奇跡と言っていいだろう。きっと帰って傷が癒えるのを待つに違いない。


 ライオンはバッファローの天敵のはずだが、数が違いすぎた。


(バッファロー、容赦え!)


 そんな容赦の無えバッファローはさらに突き進む。

 逃げるシマウマ! 追いかけるリカオン達!迫り来るバッファローの群れ!


 やがてバッファローの群れはリカオン達に追い付き、さも当然かの如くリカオン達の上を走り抜けて行く。

 そしてリカオン達も全員フラフラと立ち上がり、帰って行った。実際には踏み付けてはいないのかもしれない。それでも群れに揉みくちゃにされたのだ。フラフラにもなるというもの。


 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れは、ついにシマウマを行き止まりの岩肌へと追い詰めた。


(ああ、ついにシマウマの最期が……!)


 するとバッファロー達が突然頭をぶつけ合いバッファロー同士で戦いを始めた。負けたであろう者はその場から立ち去って行く。

 そして一頭また一頭と減っていき、ついに残りは一頭だけになった。


(肉は独り占めなんだな。まだまだ俺の知らない生態があるもんだ)


 バッファローがシマウマへと近づく。そしてバッファローがシマウマへ噛み付いた!

……ことは無く、お互い何やら体を寄せ合っている。まるでご主人にくっつく犬のようだ。


(え? これってもしかして恋人みたいな?)


 こうして一頭のバッファローと一頭のシマウマは仲睦まじい様子で彼方へと去って行った。


(あのバッファローの群れが全員同じシマウマに一目惚れして、全員で肉食獣から守っていたとか? それともただ単に群れでシマウマを追いかけ回して偶然、ライオンやリカオンをボッコボコにしたとか?)


 いくら考えても答えは出ない。男は考えるのをやめて映像を確認した。三分の間に一部始終がバッチリと記録できていた。

 それ以来、男は撮影に行く度に草食動物が他の動物を追いかけ回していないか探すようになった。


 あのバッファローの群れはライオンやリカオンだけでなく、『草食動物は他の動物を狩ったり追いかけ回したりしない』・『動物は同じ種族としかパートナーにならない』といった男の中の概念ですら破壊していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

野生! 猫野 ジム @nekonojimu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ