心中配信
一早灘
心中配信
「こんにちは! 俳優の吉田良太です。いつも応援してくれてありがとう。
さっそくだけど、今日の本題に入ります。そう、事前に告知していたとおり、父、吉田良平について話していきますね。予想がついている人もいるんじゃないかな。父の死について話します。今日の配信内容はすぐに見られなくなるかもしれないから、みんな録画しておいて。暇そうにしてる友達がいたら見るように勧めてね! それにしても臭うな。
さて。父は――かつて俳優として愛され、作家や映画監督としても働いていた吉田良平は――愛すべき父は、報道通り昨日死亡いたしました。
私が殺しました。
ああ、違うな。僕が殺したんじゃない。彼が自分で自分の首にロープをかけたんだ。僕はイスを蹴っただけ。これは例え話ね。死因は報道どおり服毒だ。彼の服毒自殺。間違っても僕は直接的に手をくだすようなことはしてない。これは断定していい。
キッカケは、そう――父の熱心なファンなら知っているんじゃないかな。一年四ヶ月と六日前に父がSNSに投稿した内容です。『希死念慮』。その一言。一日と三時間十七分後に削除されたけど、僕は投稿の十二分後にしっかりと見た。スクリーンショットも撮ったよ。きっと消されるだろうって、分かっていたから。
そのときの僕は……雷に撃たれたようだった。その投稿をした瞬間の父は、自らの私室にいたはずだ。普段通りに朝食を摂って、私は現場に、父は執筆に向かう。そういう時間だった。
本当に、震えるようだった。とにかくムカついた。行き場のない感情が湧いてきたのを覚えている。自分でも初めて感じた強い怒りだ。父は繊細な人で、私が生まれる前から希死念慮に苛まれていたというのは知っているけれど……それをね、こう、リアルタイムで見せつけられると……
ああ、大きい音を立ててごめんなさい。驚いたかな。どうか最後まで見てほしい。ごめんね、ごめん。怖がらせたかったわけじゃあないんだ。ごめんなさい。ああ、ハエが。邪魔だな。
ねえ、みんなはどう思う? 裏方のおっさんがさ、かまってちゃんみたいに『死にたい』なんて呟くの。僕はさ、許せないんだけど。まだ、若い人なら、死にたいって思うのも分かる。でも父は家庭を持った大人なんだよね。いつまで子供気分でいるんだよって。五十路くせにいつまでくよくよしてるんだよ、って!
ああ、こんなに怒ったりして、はしたないな。幻滅したよね。ごめんなさい。
でもさ、考えてみてほしいんだ。ある程度のファンがいる、自立した大人がさ。『死にたい』って投稿するの。仕事の宣伝にも使うアカウントで。許せなくない? そういうのを売りにしたアイドルでもないくせに……裏方のおっさんがさぁ! そんなこと言っちゃって……なんのつもりなの、って。若いファンが感化されちゃうんじゃないか、とか、自分と同年代のファンが幻滅しちゃうんじゃないの、とか。そういうの考えないのかな。SNS世代じゃないからそういうのも分かんないのかな。そのくせ中途半端にネットの反応なんかは気にするでしょう? バカみたい。
それから――父はさ。僕と共犯なんだよね。一人の役者を殺したんだ。そう、高木ゆうか。僕が生まれる前は女優として、歌手として、すごく輝いていたでしょう? 報道は言わなかったけれど、察しがついている人は多いと思う。父と母はデキ婚だ。父が、母を孕ませた。彼女は妊娠を期に板から降りることを決めたんだ――当時のネットが父と子への怨嗟であふれていたことも知っている。その時の子供が、僕だ。そう、父か、あるいは僕がいなければ、高木ゆうかは死なずに済んだんだよね。吉田ゆうかになんかならずに済んだんだ。ただの飯炊き女になんかならなかったんだ。僕と父は共犯なんだよ! 一生、高木ゆうかの死を背負って生きていく義務がある! 父だけはその罪を共有できる! そう、思っていたのに。思ってた、のに、さぁ。
おとうさんは、『死にたい』って。
逃げたいって、そう言うんだ。ひどくない? 僕ひとり置いてさあ。そんなこと、許せないよ。ねえ。母や、主演を争った俳優や、新人賞を狙ってた作家。映像化を目指していた作家。数多の映画監督。そういうのをさ、蹴落としてきたっていう、自覚がないのかな。――本当に、許せない。
こういう感情が、頭の中を一瞬で駆け巡ってさ。そのとき決めたんだ。
お望み通り、死なせてやろう、って。
でも、僕が殺すんじゃダメだ。だって僕は父を愛しているし……本人が死にたがってるんだから、自分の意思で死なせてあげるのが筋かなって。僕がやることは、ロープを用意することと、イスを蹴ることだけ。イスに登るのも、首にロープをかけるのも、彼の仕事だ。
具体的な話をするね。父のファンは知ってのとおり、父はここ一年激しい誹謗中傷に晒されていた。そう、発端はあの投稿――『希死念慮』だ。ファンに与える影響がどうだのこうだの、炎上してさ。母がいま情報開示請求をしているけど……驚くだろうね。ごめんなさい、母さん、僕がやったんだ。誹謗中傷に火をつけたのも、ここ半年の誹謗中傷のほとんどを担っていたのも、僕だ。全部、全部僕。だってお父さんを死なせてあげたかったから!
……そうして、父は死にました。彼、ネット上の評判を気にしている節があったでしょう? 気に病んで、それはもう激しく気に病んで、優しい母の励ましも聞かず、マネージャーからのネット断ちの勧めも無視して、こう、一気にね。
さて、説明も終わったし、そろそろ僕もお暇するね。僕が死んで、初めて父の死は完成する。じゃあね! 僕、吉田良太は、吉田良平の息子は、生き写しは、ここで死にます。きっと死に顔も父にそっくりだと思います。ちゃんと両方映しておきますね。さようなら。さようなら!」
心中配信 一早灘 @IsanadaS210
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