インスタントキャット

@ramia294

 

『僕には三分以内にやらなければならないことがあった』


 僕は迷う。

 秒針は止まらない。




 人は嫌われていた。


 この地上を我が物顔にのしあるき、自らを霊長類と名乗り全てを支配しているつもりだったが、他の動物には、嫌われていた。


 いつまでも、お互いに争う事を止められず、地上の何処かで、必ず戦争を続ける。


 動物たちは、我々を人間とは、呼ばない。

 あれは、大きな災害だと呼んだ。


 人間の勝手で起こす戦争に、どれだけの関係のない動物の命が、過去に失われたか。

 核の熱は、動物たちの命と共に遺伝子も傷付けたが、それは同時に人間への憎しみをその遺伝子に刻み込んだ。


 憎しみの遺伝子を持つ動物たちの願いが、ある日、天に届く。

 地上や水中の動物たちが、すべて地球上から消えてしまった。

 動物たちは、人間という名の災害が存在しない、幸福の国へと、移動したのだ。


 こうして、現在の状態。

 人間だけしか存在しない孤独の星が誕生した。


 孤独の星の人間たち。

 稀に、宇宙を旅する知的生命体に発見されるその孤独の星。

 旅人たちは素通りをして、その星に住む哀れな自称知的生命体を、相手にする事は無かった。 


 しかし、全ての人間が災いの元ではなかった。

 彼等にも個性が存在した。


 その姿は、よく見ると微妙に違い、身体の大きさ各部のバランス、そして、もちろん頭部にも違いがあった。


 頭部の微妙な形状の違いは、その内部の脳にも影響した。

 ほんの僅かな形の違いは、ほんの僅かに大脳のバランスを変えた。


 それは、その人間の個性を生み出すと共に、争いに突き進む者や、孤独の星を嘆き悲しむ者を作り出した。


 かつて精神的な疾患と呼ばれたそれは、最近になって脳の形状差による個性だと理解される。


 しかし、時すでに遅く、孤独は精神を蝕み、本物の疾患へと孤独の星を嘆く個性の持ち主たちを誘った。


 彼らの異常行動が世の中に、少しづつ増え、社会問題になろうとしていた。


 対策に悩んだ医療関係者に依頼され、僕はそれを産み出した。



 孤独な人を慰めるための、人造ペット。


 その名もインスタントキャット。


 かつて、この地上に存在したといわれる猫。

 何をするわけでもなく、人に愛され続けた猫。

 その姿を立体映像で再現してみた。


 特殊なプラスティック製のカップに、お湯を注ぐと、気温と湯温の差により温度差発電が起きる。発電されたエネルギーで、カップの上部に猫の姿が浮かび上がる。

 もちろん声をかければ、反応するし、手を伸ばせばその姿に触ることが出来る。

 お湯を注いだ時に出る湯気が、皮膚に刺激を与え、触れたように錯覚するのだ。


 ただし全て3分間だ。

 お湯を注いで発電する容量なんて、そんなものだ。


 孤独に、その精神を蝕まれた人たちに配布されたそのカップの効果は絶大で、問題になっていた社会問題は、急激にその数を減らしていった。


 僕は、研究室で、最新型のインスタントキャットを開発し続けている。


 初期型は、いわゆる雑種ミックスの猫だ。

 シリーズ毎に、品種を変えている。

 根強い人気のミックスの販売数を上回ったのは、前回販売したラグドールだった。


 今回開発して、製品化を進めているメインクーン。

 大きな身体と優しい心の猫だと、記録にある。

 インスタントキャットには、適した品種だ。


 メインクーンの第1号カップにお湯を注いでみた。

 10キロを有に超える堂々たる猫の姿がカップの上に浮かび上がった。


 その猫は、僕の目を真っ直ぐ見据えた。


「人間に問う」


 驚いた事に、その猫は喋りだした。


「大きな災害よ。こんなものを作るとは、今頃になって我らの存在の大きさに気付いた様だな」


 僕は、こんなプログラムをした記憶は無かった。


「もう一度、我ら動物たちと生きるか、それともこのまま宇宙の知的生物たちに見棄てられた孤独の星の住人として生きて行くか、選ぶチャンスをやろう」


 もちろん、僕は後者を選ぼうとした。


「ただし、再び我らと共に生きて行くなら、二度と戦争は起こさない。これを約束してもらう」


 僕は、躊躇した。

 人間が、この先、戦争を起こさない歴史を作れるのだろうか?

 今までにそんな時代は、なかったのではないか?

 どんな時にも、何処かで争い続けている。

 それが人間なのではないか?


 人の脳には欠陥がある。

 それは、形状に引きずられる事がわかっている。

 叶わない、同一の脳。

 叶わない、争いの存在しない完全なる社会構造。

 人に至るまでの進化に手間取りすぎたのか。



「我がこの世界にいることの出来るのは、3分間。時間はそんなに無い。早く選ぶ事だ」


 メインクーンが、現れ二分三十秒。

 

 僕は迷う。

 秒針は止まらない。


 人には、まだ争いを捨てる事が出来ない。

 人は、本来群れで生きる社会的生物では無い。

 しかし、その弱々しい肉体は、群れを作らないと淘汰された。

 本来は地球史上、生き残れない種だったのだ。

 その群れを作るというストレスが、争いという形を生み出す。

 争いは、人の本質である。


 インスタントキャットを初めて作った時、そう考えた。

 その効果を見たとき、人類は、既に孤独にも耐えられない存在になっている不完全な生命体だと確信した。


 三分が過ぎた。

 僕に答えは、出せなかった。



 

 秒針は止まらず、

 それから、多くの時が流れた。

 地球は、再び多様な生命で溢れた。

 かつて、この星にいた生物たちが、戻ってきたのだ。

 その中に、大きな猫がいた。

 かつていた生命体にメインクーンと名付けられたその猫は、ほとんど朽ちたコンクリート製の建物に侵入した。

 そこで一冊のノートを発見する。


 その昔、この世界に君臨したが、今は地球史から完全に退いた生命体。

 人間。


 メインクーンが知るはずのない人間。

 その存在が使ったノートには、こう記されていた。


『僕は、孤独のストレスと群のストレスとの間に揺れる人類は、自らの争いで滅ぶか、このまま静かに数を減らし、どちらにしてもその歴史に幕を引くだろうと予想する。あの猫の求めた選択を、僕は選ぶ事が出来なかった。いや、すでに人類は選んでいたのだろう』


 メインクーンは、ニャーとひと声鳴き、朽ちたコンクリート製の建物を後にした。



           終わり

 




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