シチュエーションボイスは全て嘘?

沈黙静寂

第1話

 「どうも皆さん初めまして。あたしの名前は紫野いはり。狙ったジャンルは逃がさない、ピンクの髪の女の子、何でも手を出す雑食系、食う寝る処に住む処、何処でも参上クリエイターのコスプレイヤーのVTuberのいはりです。皆さん覚えられたかな?覚えた方は復唱してみてね……いや、あんたらは言わなくていいから。クリエイターとしてはイラスト、コスプレ、VRワールド、VRoid衣装、ボカロ楽曲、MMD動画、ASMR動画、ゲーム配信等々と幅広く活動し、得意分野はガールズラブ、純情可憐な妹系からバリタチイケメン女子まで世界の女性の愛を紡ぎます。あたし自身何人もの女子と付き合ってきた経験が……おっと、この話は止めた方が良さそうだ。ワールド作品はVRChatとclusterにて公開中、その他の作品も各種SNSで更新中なので是非遊びに来てね。お仕事関連は公式ホームページから依頼してください……とまぁこんなところか。今回は自己紹介を撮るつもりだったけれど、軽く雑談も収録しちゃいましょう。いやぁ聞いてよ奥さんお姉さん。最近はASMR動画を見てくれる人が増えてきて、初期の頃に挙げた作品がもう直ぐ一万回再生に到達しそうなのよ。特に官能的な作品のインプレッションが強いのは皆の欲望の表れだろうね。統計的には女性視聴者の方が多いようだから、画面の向こう側で吐息を荒くする少女達には思わず涎が……ん?私以外の女を思い浮かべるなだって?折角投稿してくれたコメントを眺めるくらい良いでしょう。というかあかね、今は収録中だから静かにしてもらえる?後で唾液が枯れるまで話してあげるから……あたしも偶に他のVTuberの動画を見るけど、お泊り撮影とかよく出来るなと思う。シェアハウス環境の配信者は常に周りに配慮する必要があるから気苦労するよ。音声作品に身内の声が乗ったら雰囲気台無しでしょう。あたしはあくまで職人気質だからそれとこれとは別。しかし時代も変わったね、美術系を目指していたあたしが音楽やモデリングにも手を出すことになるとは。確かに子供の頃は地上波のアイドルを夢見ていたけど、今や芸能人もYoutuberも凡そ同義語だし、どちらも声が大きいだけで大した中身は無いことに気付いた。不倫や暴力は余暇的な話題作り、昔のスターはメディアから出た錆、だからあたしみたいな啓蒙主義者は常に変わり続けること自体が目的化するし、その短い命の中に儚き乙女の恋を込めたい。茜もそう思うでしょう……あれ、もう知らないって、しまった、アナログ文化を馬鹿にし過ぎたか……というのは冗談だけど。おぅい茜さん、聞こえていますかぁ。あぁ本当に無視するつもりかよ。碧依あおいも困っているじゃない。何?あたしが謝罪するまで恋愛関係休止?そっちがその気ならあたしにも考えがあるから。黄菓おうかさん、あたしの隣に座ってください。閑話休題。基本的にあたしの活動は個人制作が中心だけどチームの方も順調に話が進んでいます。幾ら才気溢れるあたしでも独力には限界があるし、音楽とシナリオとエンジニア其々の担当が欲しかった。エラーに苦悶する女性技術者の表情より魅惑的なものは無いですからね、黄菓さん。勿論あたしも勉強する予定ではあるのですが、諸々の作業に追われる内に後回しになってしまって。こうなることなら情報系を専攻すれば良かった。生まれた時からコーディングすべきだった。稀少な工学系女子同士の営みを想像したあたしの垂涎は制御不能だが、そんな妄想の玄関口に一人の女。茜のあーちゃん、結局二分と経たず戻ってきたじゃないの。あんたの優柔不断な態度は昔からピカイチだな。嘘嘘、冗談だよ。意地悪が過ぎたね、ごめんね……もぐ!んぁっ…………は?何をしているの急に、押し倒さないでよ。復讐だって、分かった謝るから……は!ぐぅわぬ……あっ、いや…………………………………………はあぁ……………………んん……………………んんぅ………………………………………………………………………………………………………………………………ハァ、ハァハァハァ、はぁ。あぁもう、新品のタイツだったのに。意地悪が過ぎるのはあんたの方じゃないの。まぁいい、ここは編集で切るとして今回の動画は以上、作業の続きに戻ろうか……という展開があるのも悪くはないかもしれない。どう?皆騙された?改めましてどうも紫野いはりです。普段の活動では……自己紹介は省略しようか。皆の貴重な五分間を奪って生産した音節の塊は全てがフィクション。精確に言えば事実と反事実の綯い交ぜ、どれが真実かは入念に調べて分別すること。茜とかいう恋人はあたしには居ない。日頃形の無い少年少女に焦がれるからか、イマジナリーフレンドとの生活も相当に文化的だとは思えたけど。勿論この世界の全ては虚構だしあたしが茜や碧依が居ると言えば居るけれど、居ないと思うから居ない、ということでいいんじゃない?つまり何重にも折り重なった虚構の束から認知不協和を乗り越える行為が恋愛という訳だ。そんなことはどうでもいいとして。あたしが見て欲しいのはあなただけ。この台本を書いたのはあなたを振り向かせる為、あなたに嫉妬してもらう為。これで日頃のあたしの想い、気付いてくれた?あたしのことずっと視ていてくれるよね?なんてね、嘘だよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

シチュエーションボイスは全て嘘? 沈黙静寂 @cookingmama

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ