第6話新しい代理人


 くまさんはとてもいい人でした。

いつもニコニコしていて、話を聞いてくれて、たまに冗談も言ってくれる。

いっそのこと、くまさんと結婚してしまいたい。

畔沼さんがどれだけ偉いのか知らないけど、どこの馬の骨ともわからない男よりも、くまさんと居る方がずっと安心出来るのに。

 それに、あんなふうに周りから笑われて、皆の前で恥をかかされることも無い。

私がミャクミャク星人ですらなかったら、単に嫌がらせを行う為だけに、嫌味で縁談を持ち込まれたかのようです。

 これを喜べというのには、さすがに、無理がありました。



「他人に嘘を吐かせて! 自分の気持ちまで売って、そんなに、軽々しく、売り渡せるものなんですか? なんで私まで嘘を吐かないといけないんだ!!!!!!! 無理です!!!目が合っただけで、体中が痒い!!!! 吐き気がする!!!! 気持ち悪い!!! なんでこんな行為に耐えてまで嘘を吐かないといけないのかわからない!!!! なにがドキドキだ!!!!

変な圧迫感と、強迫観念しか湧いてこない!!!!気持ち悪い!!!!!!!!」


あれは本心でした。


 この星の人にはわからないでしょうけど、私の身体は既に、代理の人が居ないと生きていけないのですから。

自分の為の好きな物、自分の為の行動、自分の意思。

全てが他人を通して、代理人を通して実行される。

生れた時からずっと、それが当たり前。

リンちゃんが選んだ服を着て、リンちゃんが食べたものを食べていました。

そう、さっき述べたみたいに。私は、もう、この星で言う「手遅れ」で、リンちゃんを通してしか、私がわからない。

それが、今日からは、くまさんになります。

「ミャクミャク星には他にも人が居るんですか?」

「いるよー。沢山じゃないけど、結構な数がいるんだよ」

「会いに行きたいです」

「宇宙船が治ったらね」

くまさんの身体がまた少しだけ輝きを増したような気がしました。

 早く、宇宙船に乗り込んで、宇宙へと旅立ちたい。

その為にも、今はまず、新たな宇宙船を確保しなくては。

「そういえば、ミャクミャク星の人達ってどんな姿なんですか? やっぱりくまさんみたいな感じでしょうか?」

「うーん、そうだねぇ。この世界で言うところの人間に近いかなぁ」

「へぇ……」



 さて。

とりあえず、はやいところ、『家の為に』という畔沼さんの本当の願い、大好きなこの家と恋人同士になる、を叶えて撤収しましょう。

大黒柱まで案内してもらって――――

此処では対物性愛は認められないって話だったけど、そんなの、恋や愛の前では関係無いよね。

畔沼さんが本当に好きなのは、恋人にしたいのは、この『家』なんですもの。

「あの」

くまさんと話終えてぼんやりしていると畔沼さんが話しかけてきました。

大黒柱についての説明がまっているのでしょうか?

「はい」

「ミャクミャク星人って、みんなその、ミャクミャク星にいるわけ?」

「いきなり、どうしたんですか? ミャクミャク星人に興味津々ですね」

「まぁ……我が国の、国交のかなめになる、かも、しれないからな」


「はぁ、大体はミャクミャク星に居ると思いますけど……」

畔沼さんが先程言ったように、侵略戦争に在っている土地だ。

勿論、基本的に部外者には排他的な態度を取る。

あまり深入りさせるべきに思わなかった。




「まるでお前以外のミャクミャク星人が、既にこの世界に居るみたいな口ぶりだな」

 ぐい、と、畔沼さんの顔が迫る。

しかし、私は他の事を考えて居て、そんなことはどうでもよかった。

ただ、近くで聞く声は、耳の傍で反響して、うるさい。

「深い意味はありませんよ。この辺の星に、私みたいに不時着することも無いとは言えないですし」

「そっか」

「ええ」

なんだかよくわかりませんが、納得してくれたようです。






 さて、本題に入りましょう。

「では、大黒柱さんとお話させてください」

「こちらだが、俺は別に、ミャクミャク星人が……」

「え、でも、家のことが、好きなんですよね!? 家に恋してるんですよね、家と付き合えないから、私を……」

「……だから、それは」

「諦めちゃ駄目です! 大黒柱さんとお話するまで帰れません!縁談も聞きません!」


畔沼さんが、数秒、迷った後、歩き出す。

私もその後を付いて行きます。





 そして、長い廊下を暫く歩いた後、扉の前まで来ました。

「ここが、大黒柱の部屋だ」

畔沼さんがノックをします。大黒柱に部屋なんてあるのか。

「失礼します」

畔沼さんがドアノブに手をかけます。

すると、突然、

「駄目だよぉ」

背後からの声。

振り返ると、そこに、くまさんが居ました。

「うわああああっ!!」

畔沼さんが驚き、尻もちをつきます。

「ど、どうして、貴方が……」

「だって、僕は、君たち二人にお願いされて、此処に来たんだもん」

「お、お願い?」

くまさんが笑顔で答えてくれました。

私は、畔沼さんの方に向き直ります。

「ねぇ、畔沼さん」

「なんだよっ」

「貴方の願いは?」

「……」

「ほら、言ってみて下さい」

「俺は、この家が好きだ。だけど、それは、この星があってこそだ。だから、もう少し国交に力を入れたい。その為にミャクミャク星人を人質にしようと思っている」

「そうですか」

「ああ」

くまさんの方をちらと見ると、笑みを浮かべていました。

くまさんは言いました。

「この家は、君のことが好きみたいだねぇ」

「え?」

私?

「君に好かれようと、この家、必死になってたよ。この家、今、一番のお気に入りは君だからさ」

「そんな……」

初対面の、家に、なぜ私が好かれているの?

私は、くまさんの方を見つめます。

まさかの展開でした。

それでも、この人は畔沼さんに本当のことを言わない。


畔沼さんがドアを開け、私達を部屋に招き入れてくれました。

そこは、今まで見たどの部屋よりも、大きく豪華な造りでした。

「畔沼さん、ありがとうございます。では、大黒柱さんに挨拶させて頂きますね」


私は、部屋の奥にある大きな柱に向かって歩いていきます。

「ちょっと待てよ」

畔沼さんが私を呼び止めました。

「なんです?」

「お前、俺と結婚する気がないのか!?」

「貴方は、家が好きなんでしょう?」

「家と結婚したいわけじゃない!お前が、この家を、好きになればいいだけだろ!」

「……」

何を言い出すかと思えば、私が、家と仲良くなる側だというのか。

 ますます話が急展開を迎えます。一体、どうしてこうなった。

でも、家と、結婚したいのではなく、ただ、想っているだけだったなんて、確かに少し早とちりだったかも。

でも、そんなこと、言われても、何もわからなくて、今の気持ちにふさわしい適切な語彙すら見当たりませんでした。

「……。私は大黒柱さんと話します」

私は再び歩き出します。

「まてってば」

畔沼さんが私に駆け寄り、肩を掴みます。

そして、そのまま強引に振り向かせ、私の目を見て言いました。

「お前は、この家の事が好きか?」

「……わかりません」

畔沼さんが顔を歪めます。

私は、その表情の意味を汲み取ることはできません。

「わからないなら、一緒に考えようぜ」

「え……」

畔沼さんが、私を抱き寄せます。

そして、耳元で囁きました。

「俺は、お前が好きだ。だから、結婚してほしい」



えええええええええええええええええええええ!!!!!!???

畔沼さんは一体、何を見て、何処を見て、そういうのでしょう。

今日一日、ほとんど情けない失態以外見せていないような気がするのですが。

新手の結婚詐欺なのでしょうか。

もはや理解が追い付きません。

「あ、あわわ……」

「話しているうちにもう少し、一緒に居たいと思ったんだ。お前は、どうなんだ?」

なんでええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


「あの……」

「早く答えてくれよ」

言われて、考えました。

自分のメリットは何か。

せっかくなら、

そう、思ったとき、一つ、名案が浮かびます。

「よ……よく、わかりませんが、国交のことなら、私も知りたいです。から……ミャクミャク星に帰る手掛かりが、あるかも……です、し」

私は小さく、ごにょごにょ答えました。

「その、愛するとか、そういうのは、わかりませんけど、私も、その、一緒にっ……居ても……」

帰ってしまったら、たぶんこんな身分が高そうなとこ、二度と近づく機会が無いだろう。

それなら、少しでも、彼の周りの情報を知っておくのも良いかもしれなかった。


畔沼さんの顔が明るくなりました。

そして、強く抱きしめてきます。

「ああ、よかった! 俺を選んでくれて!!」

……本当に? こんなに喜んでくれるの? やっぱり、この人は、この家のことが好きなのではないだろうか。

そう思うほどに、彼は喜び、私を強く抱擁しました。

「じゃあ、行こうぜ」

畔沼さんが私から離れます。

「えっと、どこへ?」

「大黒柱のところだよ。あいつを説得すれば、きっと協力してくれるさ」

「はぁ……」

畔沼さんは嬉々として、私の手を引きました。

大黒柱がいるという部屋に向かいます。

「では、行きましょう」

畔沼さんに促され、部屋に入ります。

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