第5話余談
その頃、
「落とせれば、わが軍の勝ちだというのに……」
畔沼はじいやと話しあっていた。
「拒絶反応が出る程、お見合いに苦しみ、ひたすらに苦痛を訴えているミャクミャクには驚いた。この俺でも、嫌だと言うのか……」
「一体、なぜなのでしょう……ミャクミャク星人には無理な顔だったのでしょうか」
「じいやなら良いというのか!?」
「い、いえ……」
じいやがしわしわの顔の、皺がピンと伸びるくらい目を見開いた。
いつもなら小言のひとつ二つ言うはずの畔沼だが、じいやの態度などまるで気にも留める余裕もない。廊下をうろうろしながら、彼女が浴室から出てくるのを待った。
「嫌われ者であるこの家がのし上がるためにも、あらゆるコネ、他への脅威になるようなものが必要だ……今まで、女性の相手に苦労したためしがない。
なのに、なぜだ……なぜ、俺を見ただけで吐く!! 俺が話すと震える!! 屈辱だ……っ」
「屈辱ってそんな理不尽な。他人にはそれぞれ、生理的に無理な物があるのですよ」
「お風呂あがりましたー! ありがとうございま……?」
す、と言おうとした彼女が廊下で固まる。
浴室から出てきたらしい。
同じように、畔沼たちも固まった。
「あぁっ! そうだ! 家とお話しなきゃ!!すっかり馴染んで忘れてたぁ!!!」
「うわぁっ!! なんだ、そのインクの模様は!!! 文字!? 身体を洗ったんじゃないのか!!」
「汚いって書いたんですよ! 私、汚いですし、みんな、似合わないって言っています。
私も、そうだと思うので。このお見合いもお断りするんで。恋愛とか、そういうのではなく、従業員とかでお願いします」
「なにを、言っている……」
「だって見た事がありますか? 直接的に、私が汚くないと言う人を知っていますか?
目の前に出せますか? いないでしょう? 既に現時点で評判が悪い私に、構うのは嫌味にしかとれません。それでは」
「ちょっと、待ってくれ」
畔沼が思わず腕を掴む。
彼女は、なんだか憤っているようだった。
確かに、突然この国に来た彼女に直接何か言う人など物好き以外にいないし、今後も出てこないかもしれない。そんな、評判自体が無いのに、というのは、通りすがりのおばさんを見てもわかる通りに、余計に怪しいのかもしれなかった。
代理の人無しで連れてこられた上に、突然のことで目が回っている。
じいやが横からこそっと補足してくれる。
「申し上げて良いのか迷っていましたが、
『評判も無く気持ち悪いバケモノとお見合いするなんて、彼も落ちぶれたものだ』という人もおられます」
「ミャクミャク星人は基本的に自分自身で、自分の意思を持つことを制限されておりますからね。『まるで赤ちゃんだ』、と」
「他人に嘘を吐かせて! 自分の気持ちまで売って、そんなに、軽々しく、売り渡せるものなんですか? なんで私まで嘘を吐かないといけないんだ!!!!!!! 無理です!!!目が合っただけで、体中が痒い!!!! 吐き気がする!!!! 気持ち悪い!!! なんでこんな行為に耐えてまで嘘を吐かないといけないのかわからない!!!! なにがドキドキだ!!!!
変な圧迫感と、強迫観念しか湧いてこない!!!!気持ち悪い!!!!!!!!」
「わかった!!!!!名前だけ貸してくれ!!!!!!!!!」
「何も分かりません!!!!!!!!!!!!!!何それ!!!!!!!!!!!1」
「…………えっと……どうしたらいいんだ!!!」
あっ、と彼女が我に返る。
「そうだ、家……家とお話する場合は、主に、一番古い大黒柱を通じることが多いのですが、どこにありますか」
「俺が、家と付き合っても、対物性愛は、未だに認められていない……」
「認められてないからって諦めるのは早いと思います! 私も正直、どこの馬の骨かもわからない人よりは物と付き合いたいのだけれど、
いや、それはともかく」
「うん?」
「家のことが、好きなんですよね!!!??」
「え、あ、あぁ……」
「だったら……家と……たとえ結ばれなくても、私も、力を貸します。だから、家に本当の気持ちを」
?
畔沼はあっけにとられる。
自ら進んで恋人になりたいと言い寄って来る者は、実際掃いて捨てるほど居るのに…
自分自身を差し置いてまで何に力を貸す気なのだ。貴重な魔力の無駄遣いだ。何の得にもならないのに。
「…………ちょっと待ってろ」
「え?」
彼は動くんじゃないぞ、帰っても追いかけるからなと念を押して、部屋の奥へ向かって行った。
「は、は、はい……」
なんかすごい剣幕で脅されたので、寂しく廊下に立ったまま、おろおろしていました。
これからどうなるんだろう。奥の方でじいやさんが見張っているけど、頑張れば強行突破ワンチャンある。
でも、でも、どうしよう。家まで来たらめちゃくちゃ目立つよ。余計に目立ちます。
ぼーっとしていると、脳裏に浮かんでくるのは「私がやっといたげるー!」と頼んでも居ないのに代わりに走り出すリンちゃんの姿。
リンちゃん……
リンちゃん、リンちゃん、リンちゃん……
泣き出しそうな私の肩を、何かが叩いてハッとする。
「なに?」
しまった、つい物思いに耽り過ぎた。やっぱりさっさと帰れば良かったですよね。
無表情でぐいいと何か押し付けてくるので反射的にそれを受け取る。
「え、っと」
どうやら、畔沼さんは戻って来たようです。
ぶっきらぼうな態度ながら、やや気まずそうに私を眺めている?
手にしたものを見ると、手触りの良い布で出来たかわいらしいくまさんでした。
「……代理」
ふっ、と思わず吹き出します。
代理が面白かったのではなく、言い方があまりにも乱暴だったのが面白かったので。
「代理、さん」
「じいやから、聞いた……領土侵略で、代理の者が代わりに自分の意思を利用する文化が浸透してしまった。お前が決定したことも、代理の者が自分が考えた、といって代わりに話すのが文化だったと。それなのに、いきなり連れて来て意思を確認させたのは悪かった」
「……?」
「だが、意思は本来自分で持つものでもある、ええと、何が言いたいかというと」
不器用だけれど、彼なりのやさしさが伝わってくる。それが嬉しいと思いました。
「新しい、代理の人……」
胸元にぎゅっと抱き寄せる。
ふわふわした感触が頬を撫でます。
リンちゃんは居ないけど、新しい代理の人が出来ました。
これからはリンちゃんの意思ではなく、くまさんの意思で生きようと思います。
「こんにちは」
耳元で声がします。
くまさんが僅かに淡く光って、話しかけてきました。
「こ、こんにちは」
「ミャクミャク星人に会ったのは初めてだけど、仲良くしようね」
「はい!」
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