第7話 廃墟の住人
星雲荘は学校の裏山の斜面に建っている廃墟だ。築三十二年。部屋数は二部屋。今は貸し出しを行っていない。噂では管理人が管理を止めて以来、手が付けられていなくて荒れ放題なのだという。
その見た目は、メジロのような緑色に塗られた平屋の古いアパートだった。
「で、俺に訊きたいわけね」
「はい」
小林さんは十年前に四十六歳で病死したという。末期のがんだったらしい。人と話すのは久しぶりだとかなり上機嫌だ。
巳継は小林さんの隣に座り込んでいる。
現時点で分からないことは多いが、とにかく話を聞いて情報を集めるしかない。渉も篠原先生も真実を話すつもりはないのだろう。図書館で言い合った後「勝手にしろ」と言ってどこかへ行ってしまった。だとしたら、自分でできることをするしかない。巳継にできることは、できる限りの浮遊霊をあたることくらいだ。目撃者がいないのであれば、幽霊をあたる他ない。もしかしたら何か見た霊がいるかもしれない。
こんな廃墟にいるような霊に直接的な情報は期待出来ないが、情報はできる限り多く集めたい。
「ずっとここにいるんですか?」
「俺はここを離れられねえらしい」
「地縛霊ってことですか?」
「地縛霊ってのが何なのか良くわからねえが、多分そうなんじゃねえかな」
「ここに何年いるんですか?」
小林さんが薄ら笑いを浮かべながら天を見上げた。
「今、西暦何年だ?」
「もう分からないんですね」
そう言うと、小林さんが笑った。
「馬鹿にするなよ。計算くらい出来る」
年号を教えると、小林さんが「そうか、もう三十年か」と言った。
二十年ここに住んで、十年ここに座り続けているのかと考えると、気持ちを察することなどできそうもない。一日何もしないで部屋に居るだけでも巳継にはできない。テレビも見たいしゲームもしたい。友達とも遊びたくなる。
「小林さんがここに住む前は、誰か住んでたんですか?」
「ああ、住んでたよ。ここは家賃が安かったんだ。もともと安い家賃がウリの物件だったからな。貧乏人が住んでたんだ。でもなぁ、立地が悪すぎた。働く場所へ出るのも遠いし、当時は今ほど町が発展してなかったから、周りには何もない。誰もこんな辺鄙な所にいたいと思わなかったんだ」
「でも何人か住んでたんですよね?」
「ああ。俺が入る前にも住んでた奴がいたらしい」
「隣の部屋は?」
アパートの部屋は二つある。
「大家が住んでたんだよ」
「ああ、なるほど」
「貧乏人が多かったって言ったろ? このあたりはガラの悪い連中がうろついたりしてたんだよ。それに耐えられるぶっ壊れた奴しかここには住めなかったんだ。それにな、ここの大家は評判が良くなかったんだ。大家もぶっ壊れてたってことだ。だからすぐに引っ越すやつも多かったらしい」
「評判?」
「口が悪くて、よく因縁つけて喧嘩してたんだよ。住んでる側はたまったもんじゃねえ」
「なるほど……」
「でも結局、ここにはそれ以外の理由で人が寄りつかなくなったみてえだがな」
「その理由って何ですか?」
巳継はそう尋ねたが、理由の見当はついていた。学校でも語り継がれる話が本当であれば、ここでは人が三人死んでいる。小林さんの説明もそれに見合ったものだった。
「人が死に過ぎたんだよ。この一号室の住人は、俺の前の住人が事故死、その次に俺が病死した。その後に入ってきた奴も失踪しちまったとかで、結局人が寄りつかなくなっちまった」
「小林さんのあとの人、すぐに失踪したんですか?」
「そうだ。一ヶ月かからなかったと思うぞ」
「そうですか……」
「基本的にこのアパートに住んでたのは俺一人だ」
結局、十年前からこのアパートにはだれも住んでいないことになる。
驚くべきことに学校に伝わる噂話は正しかったらしい。
「小林さん」
「なんだ?」
「昨日、人が一人失踪したかもしれないんですけど、何か知りませんか?」
小林さんは少し考える素振りを見せたが、首を横に振った。
「……知らねえなぁ。あんまし首突っ込まない方が良いぞ。失踪なんて碌なもんじゃねえ。何の理由もなく失踪なんかしねえんだから。昔はともかく、今は警察も進化してすごいんだろ? お前さんが心配しなくても解決するさ」
「……でも、ちょっと引くに引けない事情があって」
ほお、と小林さんが目を見開いて口元を緩める。
「おめえみてえなガキンチョにか? 惚れた女でも失踪したのか?」
「……その父親が失踪したらしいんです」
「……そうか。それは引けねえな」
からかおうとしていた小林さんだったが、巳継の言葉を受けて真剣な表情になった。
「ここって、生きた人間はもう長いこと来てないんですよね?」
小林さんが笑った。
「ああ、おめえさんが久しぶりの客人だ」
「じゃあ、幽霊は?」
小林さんがまた笑った。
「こんな所に来る幽霊なんていねえだろ。何の目的があってこんな所に来るってんだよ。一秒でも長く家族といたいとか、普通そんな事を考えると思うがねえ」
「ですよね」
「いいか、危険なことはするなよ。子供は何しでかすか分からねえからな。おめえもあと十年経てばわかる」
「はい。危険な人や霊には近づかないようにします」
「危険な霊なんて知ってるのか?」
「……わかりません。でもいないと思ってます」
「……不安だな」
「心当たりが?」
「危険な霊ってのが本当にいるのか知らねえがな。俺がここに住みだした頃に聞いた話だからな、今もいるのか知らねえが。四丁目の角。すぐそこだ」
忠久が団地の角当たりを指さした。普段の生活圏からは離れていて、行ったことがない場所だ。
「そこに危ない霊が?」
「いるんじゃねえかなと思うんだ。雨の日に現れるんだと。まあたかが噂話だが、近づかねえようにな」
「わかりました」
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巳継は辺りを見渡した。人が来ていない割に綺麗だと思った。アパートのまわりは舗装されておらず、土が露出している。雨の影響で土は水を含んでいてかなり緩い。雨が降った後に歩いたのだろうか、目で見て分かるような足跡が沢山あった。大きさを見るだけでも二種類の足跡がアパートに向かって伸びている。一つに比べて、一つはかなり小さかった。それぞれの大きさの、アパートから去ってゆく足跡もあった。そんな足跡が密集していたのはすべて一号室付近だ。
アパート横に伸びている山道の地面には
轍を追いかけてゆくと、アパートの付近まで伸びていた。その地点まで伸びている足跡もあった。また、あの足跡のように見えた。
一号室の正面を見た。木製のドアに金属の丸いドアノブ。微かに赤い染みがついている。錆ではなさそうだった。ドアの下から、赤黒く細い筋が一本通っていた。血に見えた。
二号室の正面と見比べてみる。ドア周辺に同じような染みはない。
周囲を見渡してみたが、特に何もなかった。学校裏に近い場所の茂みに、捨てられた大人用の傘が突き刺さっているのが見え、まだ使えそうなのに勿体ないなと思ったくらいだ。
「小林さん、もう一つ訊いて良いですか」
「おう、何でも聞け」
小林さんはずっと小学校のほうを眺めていた。
「このあたりで昔起きた、三億円強奪事件って知ってますか」
これが本題だ。
小林さんの声が少し低くなった気がした。
「……知らねえ方がおかしいな」
「別件で調べてるんです。学校の宿題で」
「ああ、なるほどな。……なんだっけな。隣町の資産家の家から金が盗まれた事件だったか」
「はい」
少し間が空いた。何かを考えているみたいだった。
「……あれはな、俺がやったんだ」
唐突にそう言って語り始めた小林さんの背中は、なんだか寂しそうだった。
不思議と驚きはなかった。むしろ、背中に感じていたぞわぞわとした嫌な感触が少しだけ和らいだ気がした。疑いの目を向けなくてよくなったからだと思う。
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