第6話 決意
両手が震えていた。考え出すと止まらない。気になることが噴出してくる。背筋がぞわぞわとする。背後の気配を探ってしまう。背後の二人は何を考えている?
霊体とはいえ、得体の知れない人物が背後に居るというのが怖い。
渉にだけ意思を伝える方法はあるが、震えて手が動かない。気がつけば、全身に脂汗をかいていた。
「……ねえ、僕は父親がいないんだけど、お父さんってさあ、どんな感じなの?」
「……ごめんね」
佐和が申し訳なさそうな顔をした。だいぶ弱っているようだ。
「気にしないで。僕にとってはいないのが普通だから」
「……うん。……えっとね、わたしが女の子だからだとは思うけど、優しかった。どんな遊びにも付き合ってくれたし、いろんな所に連れて行ってくれたよ。悪い事してお母さんに叱られたら、こっそり慰めてくれた。だから、お母さんに怒られるのはいいけど、お父さんには怒られたくないんだ。だからお父さんの前では良い子にしてるの」
佐和の声にはまた嗚咽が混じっている。
「……味方だったんだね」
「うん」
篠原さんがそう言うなら大丈夫だ。篠原さんの父親を怖がってどうする。
深呼吸をして巳継は机の上に左手を置いた。右手はマウスを持っている。渉と教室で密かに意思疎通を図るための方法がある。それには空いた手が必要だ。モールス信号ならば指の動きで渉に伝わるため、声を出さなくて済む。屋外で渉と会話するための苦肉の策だ。長年この方法で会話してきたため、巳継も渉もモールス信号で滑らかに会話できるようになった。探偵もどきをやっているときに、どうしても渉と会話しないといけなくなり、どうしてこんなことを、と思いつつも苦労して覚えた特技だ。使い道が渉との会話以外ないのが非常に腹立たしい。
二度、速く指で机を打って音を立てた。これが合図で、この後の巳継の指の動きを渉が読む。
――からだはどこにあるんですか
少し遅れて、篠原巧の声が後ろから聞こえた。
「……わからない。判っていても子供には教えられない」
こう言う大人を説得する方法など知らない。諦める。
――しっそうしてから、はんざいをおかしましたか
「起こしていない」
――ふたりはしりあいですか
これには渉が答えた。
「……いや、今日が初対面だ」
巳継はマウスから手を放し、佐和に視線を移した。
「篠原さん、もうすぐお昼だよ。一回家に帰ろう」
「……え」
佐和が見放されたと言わんばかりの顔をするので、慌てて説明する。
「続きは明日以降にしよう。台風が過ぎてから」
「え、でも……」
「僕も調べておくよ。篠原さんはもっと情報を集めておいて欲しいんだ。今のままじゃ無理だ。お願い」
「……わかった」
佐和は不服そうな顔をしたが、これ以上何も出来ない事が分かりきっていたのもあり、渋々頷いてくれた。
**************************************
佐和を家に送り届けた後、巳継と渉はその足でもう一度図書館に戻った。
篠原先生はついてきていない。
巳継は「三億円強奪事件」で検索をかけた。
今朝、渉が嫌な顔をしたのが、台風ではなく、これが原因だったらどうだ。天気予報の前にこの報道が流れていた。この件で二人が知り合っていたなんて事があったら、それこそ小学生が首を突っ込んでいい話ではなくなる。
三億円強奪事件は、三十年前に隣町で起こっていた。とある資産家の自宅に泥棒が入り、家の中にあった三億あまりの金が盗まれた。犯人は分からずじまい。当時は防犯カメラも少なく、捜査が難航したらしい。三十年前といえば、篠原先生は二十七歳だ。もう働いている歳のはずだ。
事件当日の記事は三億円強奪事件一色で、紙面の片隅に川が氾濫したという台風の被害情報と、この地域の団地で起きた交通事故による死亡事件が載っている程度だった。
「聞いて良い?」
巳継は静かにそう言った。
渉が応えた。
「なんだ」
「この事件に関係してるの?」
「どうしてそう思う」
少し、渉が怖い顔をした。
「今日、変だよ。このニュース見てから」
「……こういう勘はいいんだな。俺は巻き込まれただけだ」
正直、こんな勘ぐり当たって欲しくもない。当たった喜びよりも落胆の方が大きい。
「巻き込まれた?」
「もういいだろ。帰るぞ」
やはり渉はこの調査に乗り気ではないらしい。巳継をこの事件から遠ざけようとしているように感じる。
「帰らない。篠原さんにお父さんの身体を届ける」
「ふざけるな。お前に何ができる」
渉に叱責されても、佐和が絡んでいる以上引くことはできない。
「何もできないよ。でも、話を聞きに行くくらいならできる」
「何?」
「今日、学校に来なかったでしょ。いつも一緒に来るのに。ねえ、どこにいたの?」
「……言えない」
「じゃあ、どうして僕が早く帰ってきたことに疑問を抱かなかったの? 元々帰る予定だった時間は知ってたでしょ」
「それは……」
渉が言い淀む。ここで言い淀むのだから、何かを隠しているのだろう。
「今からあの廃墟に行ってくる」
渉の表情が一瞬硬直した。そして、すぐさま非難するような目線を向けてきた。
「あそこは危ないと――」
「――なんであそこが危ないと知ってるの? そんな危険な霊でもいるの?」
「本当に止めとけ。首を突っ込むな」
渉が真剣なのは見たらわかる。こんな真剣な表情は初めて見る。
だからこそ、あそこには何かがあると確信できる。
「あそこに霊がいるなら、何か知ってるかも知れない。噂では、あの廃墟の住人は三十年前に交通事故で死んだらしい。この三十年前の事件の日、丁度交通事故が起きて人が死んでる」
「偶然だろ」
白々しく渉がそう言う。
巳継は目を細めはしたが、気にしないといった対応を取った。渉がついてくるのを巳継が拒めないのと同様に、巳継が何かをするのを渉は止められない。
幽霊と生きた人間の間に許されるやり取りは、基本的に会話だけだ。
「まあ、そうだろうね。それを確かめに行く」
そんなこと分かっている。でも、行かなくてはいけない。
制止する渉を無視して、巳継は廃墟へと赴いた。
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