第5話 調査ごっこ

 佐和の部屋で話していても埒があかない。そこで事件性を確かめるために図書館へ移動することとなった。図書館のフリースペースにあるパソコンを使えば過去の新聞記事を検索して読むことができ、簡単な調べ物もできる。


 幽霊二人も巳継たちの後をついてきていた。見ると渉が通りがかった人に会釈していた。相手からは見えないのにどうして会釈するのかと訊いたことがあるが、どうやら性分らしい。


 巳継たちはフリースペースの一番奥の席を陣取り、パソコンで新聞記事の検索をかけた。


 まずはシンプルに、「篠原巧」で検索をかける。範囲は夏休み開始日から今日まで。


 該当無し。当然と言えば当然か。一般人が新聞に載っている方がおかしい。


「これといった記事はないね」


 佐和がうーんと唸った。


「……精査は後にしよう。なにか情報はない?」

「わかんないよ……」


 そう落胆する佐和を促しつつ、次の検索ワードを考える。


 とは言っても、候補なんてない。何をしたら良いのか。どうやったら佐和が納得した上で、父親の死を告げることができるのだろう。


「篠原さんは、お父さんが今どこにいると思う?」


 佐和がスカートの裾をぎゅっと握った。


 思い出させるようなことは言うべきではないかとも考えたが、さすがにそれでは話が進まない。


「それが分からないの。何も候補がなくて。友だち付き合いも分からない。ずっと家にいたんだよ。私とずっと遊んでくれてたから」


 佐和は今にも泣き出しそうだ。


「そういえば、最後にお父さんに会ったのはいつ?」


 この質問をしていなかった。


「昨日の夕方なんだ。急に出かけて行っちゃって、それっきり……」

「昨日の夕方って……」


 学校に忍び込んで豊田先生に大目玉を食らう、少し前だ。


「私達が遊びに行くほんの少し前なんだ」

「じゃあ、日は暮れていなかったんだね。えっと、どんな格好してた?」

「格好? 普通の服だよ。ズボンの後ろポケットに何か手袋みたいな物を入れてた。何か作業でもあるのかなって、その時は思ってたんだけど」


 佐和はパソコンで検索して着ていた服装を教えてくれた。力仕事をするのに適していそうな服装だった。小さいころからファッションは好きらしく、男性のものも女性のものもよく見ているらしい。


「お父さん、そういう仕事してるの?」

「お父さんは学校の先生だよ。知らなかった?」

「え、同じ学校?」

「そうだよ。今年の四月からわたし達の学校に赴任してきたんだ」


 そうだ。思い出した。


 今年の四月、赴任してきた先生がいた。その先生の名前が篠原先生だった。


「全校集会で挨拶してたね、そういえば」


 ようやく佐和が少し笑ってくれた。


教室でずっとこの笑顔を目で追っていることがばれて、渉に散々からかわれたこともついでに思い出した。今思い出しても腹が立つ。


「もう少し、情報を整理したいな」

「そうだね」


 どの先生も基本的に動きやすそうな服装をしている気がする。一度帰宅してからもう一度学校に集合する意味はなさそうだ。


「全校集会の準備なら仕事中にするよね。わざわざ夜中に出かける必要なんてない」

「うん、そうなんだよ」


 だからこそ、佐和は不審に思ったのだろう。おそらく、何かに巻き込まれたんじゃないかと不安に思っているはずだ。


 こうなった以上後ろの幽霊に直接聞ければ早いが、佐和の前ではさすがにできない。それ以前に、たとえ霊だとしても、子供に真実など教えないだろう。


自分が事件に巻き込まれたのであれば、実の子供がそこに首を突っ込むのを許すはずがない。


「困った。手がない……」

「あのね、加野川くんはたまに誰かの相談を受けて解決してるけど、……その、いつもは、どうやって考えてるの?」

「相談といっても探し物とかだよ。……たまたまなんだよ。たまたま上手く解決することが出来て、そこから噂が広がっただけなんだ。特別な方法なんてないんだ」


 本当は暇な渉が校舎中を見回って探し物を見つけたり、情報収集して解決の糸口を見つけているだけだ。


だから、どちらかといえば、巳継がやっていることはズルだ。それに、これは巳継が始めたことじゃない。幽霊ゆえに本も読めず、携帯電話も触れずといった、時間の潰しようがない渉が勝手に始めた暇つぶしなのだ。勝手に聞いて解決してきた渉の言う通りに動けば、巳継が事件を解決したように見えるだけ。渉は幽霊だが、大人だ。渉の手にかかれば、小学生の抱える問題なんて大抵解決してしまう。


「そうなんだ」


 巳継は佐和の横顔を見ていた。普段と違い、不安に満ちた悲しそうな表情だ。


 普段、佐和は楽しそうに怪談を話す。でも決まって、終わったらケロッとしている。怪談話をした日の帰り際に昨日食べたお菓子の話をしたり、宿題の話をしたり。きっと娯楽のひとつとして怪談を楽しんでいるだけなのだろう。


以前、怖くないのかと訊いたら、「こわいよ。怖い話を聞いた時のゾクゾク感が好きなの」と言っていた。


 巳継の訊きたいことはそうではなかった。巳継は幽霊が怖くないのかと聞いたのに、佐和は怪談話が怖いと言った。


 佐和は、巳継の霊が見える能力を信じていない。それどころか、幽霊の存在すら全く信じていないのだろう。巳継がただ普通に皆の相談に乗っているだけだと思っている。


 だからこそ、佐和は巳継を好奇の目で見ない数少ない大切な友人なのだ。


 この問題は解決したい。力になりたい。


「……じゃあ篠原さん、親が結婚したのいつか分かる?」

「……わかんないけど、結婚してすぐに私が生まれたって言ってたよ。お父さんは初婚だけど、お母さんは再婚してるんだって」


 それなら十年前だ。


 何でも良いから、情報をかき集める。それに、大切な人を想うことは、それだけで供養になると巳継は思っている。


「お父さんの歳は?」

「五十七」


 結構年齢が高い。しかしこれも関係ない。歳なんてランダムな要素じゃないか。


 巳継は佐和に質問をしながら、別のあることを考えていた。


 今日、ずっと違和感を感じていたこと。


 渉だ。


 今朝のあの顔は何だ。台風なんてそこまで気にするようなものでもないだろう。


 なぜ今日は学校に来なかった。


 十年間、巳継のそばに渉がいた。渉が自分の情報を持っているのは当たり前だと思っていた。母親よりも自分のことを知っていて、何でも知っているのが普通だと思っていた。


でも今日は違う。今日は昼ごろ帰ると言っておいたのだ。どうして予定より早く帰ったことに言及しなかったのか。早く帰れるようになったことを知っていたのだろうか。いつ、佐和と一緒に帰っていることを知ったのか。


――どこで?


――いつ?

 

あの時、部屋で言い淀んでいたのは何だったのか。


 佐和の部屋で、幽霊同士とはいえ、会釈すらしなかったのはなぜだ。生きている人間にすら会釈していたのに、あの時はじっと見つめるだけだった。まるで知り合いのようだ。いや、知り合いでも挨拶はする。じゃあ何だ。


たとえば、不満を持っている相手とか、恨んでいる相手になら、挨拶はしないかもしれない。あのとき、渉は「聞きたいことは山ほどある」と言った。何を聞きたいのだろう。死んだばかりの相手に、こんなきつい言い方をするのはどうしてだ。

 

もしかして顔見知りなのだろうか。

 

……十年前に死んだ渉と、今回死亡した篠原先生が?




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