第21話 悩み
「ただいま」
「ワフッ!」
家に帰るとマルスが尻尾を振って出迎えてきてくれた。
私はマルスの頭を軽く撫でると自分の部屋に戻った。
部屋に入って鞄を置いたらすぐにベッドに横になる。
あの黒服、野口さんの事を許したわけじゃないけど、最後に言った8割の人が体に精神を引っ張られるという言葉は正直心当たりがあった。
自分でも見ないようにしていた、このまま女の子になってもいいんじゃいかな。という思いを改めて突きつけられたような気がした。
違和感は千尋と距離を置くという選択をした時だった。千尋は別に女の子になっても気にしない。付き合おうと言ってくれたが、私自身がそれを断ったのだ。
私が居なくなっただけであそこまでやつれるのはおかしいと最もらしい理由を盾にしたのだ。
これから私がどうなるかも分からないし、お互いの為に距離を置こうと言った。
別に千尋を嫌いになったわけではない。
好きかと聞かれたら好きだと自信満々に答えられる。でも愛しているかと問われれば私は答えられないだろう。
千尋と付き合った理由は向こうから告白されたし、一緒に居て楽しいと思ったからだ。
友達も告白されてから好きになることの方があると言っていたし、それが普通だと思っていた。
千尋と一緒にいる時間は楽しかったし、ドキドキもした。
……でも私が女の子になってから近くにいた幼馴染、冬馬のせいでおかしくなってしまった。
最初は助けてくれて純粋に嬉しかったし、頼りになるとも思っていた。
それにこんなに長い間話したのは久しぶりだし、どこか懐かしい気持ちがあった。
でも段々と不安になってきたのだ。私が男に戻ったらこの関係はどうなるんだろう? とふとした瞬間に考えてしまうのだ。それがたまらなく怖くて切なくて嫌だと考えるようになってしまったのだ。
「お兄ちゃん帰ってきたの?」
突然ドアがノックされて声が聞こえてきた。声の主はクロエだ。
「……うん」
あまり話したい気分じゃなかったので、直接部屋に戻ったから心配して来てくれたのだろうか? やっぱりクロエは優しい、私の自慢の妹だ。
「……部屋、入ってもいい?」
何かを察したのかクロエの声色が少し変わったような気がした。
気分は最悪だが、妹がここまで気を遣っているのにそれを無碍にはできない。
「……いいよ」
私はベッドに座ってクロエを出迎える準備をする。
「……お邪魔しまーす。って電気消えてるじゃん。……お兄ちゃん酷い顔だよ!? 大丈夫!?」
クロエは部屋の電気をつけるとすぐに驚いた顔をした。
自分では分からないけど、そんなに酷い顔なのだろうか?
「そう……かな……」
「ッ!? もしかしてアイツがお兄ちゃんに変なことでも言ったの!?」
クロエは人も殺しかねない表情になった。我が妹ながら恐ろしい。
「違うよ。ちょっと色々あってさ……」
「……そうよね。アイツはそういう事は言わなそうよね……何があったか教えてくれない?」
「………」
クロエは巻き込まない方がいいだろう。
「私じゃダメ? 私はお兄ちゃんの家族なんだよ? なのになんで頼ってくれないの?」
今にも泣きそうな顔をするクロエ。
「その、実は……今日ね、私を女体化した人に会ってきたんだ……それでね……」
クロエの表情に我慢できなくなり、私は口を開いた。
クロエは驚いた表情をしたが、私の言葉を待ってくれた。だから私は今日あったことを全てクロエに話すのだった。
「そうだったんだ……」
クロエは話を聞き終えると下を向いてそう呟いた。
「うん……」
気まずい沈黙が流れる。
てっきりクロエならすぐにお兄ちゃんに戻ればとか研究者を殺してくるくらいいうと思っていたから意外だ。
「……それでお兄ちゃんはどうしたいの? 男として過ごしたいの? 女として過ごしたいの?」
いきなり核心をついた質問に私は思わず動揺してしまった。
「……そ、それが……私も分からなくて……」
「じゃあ質問を変えるね。アイツ、冬馬に未練があるの?」
「と、冬馬は関係ないよ。わ、私のことだから」
思いっきり殴られた気分だ。自分が1番迷っている所をつかれるなんて。
「はぁ、関係ないわけがないでしょ! 私が何年お兄ちゃんの妹やってると思ってんの! 今週末、冬馬とデートに行ってきて!」
「で、デート!? 私達は男同士だし、それに……」
冬馬を揶揄う時に私とデート行きたい? とかは言ったことあるが本気で言ったわけではない。
「もぅうじうじうるさい! 私の知ってるお兄ちゃんはもっとかっこよかったよ! 今週末アイツとデートに行って本当の気持ちをよく考えて! いいわね!?」
「本当の気持ち……」
「アイツには私から伝えておくからお兄ちゃんもいいわね!?」
「は、はい!」
思わず返事をしてしまった。我が妹ながら恐ろしい子だ。
「じゃあそういうことで! 私、少し出てくる!」
私が返事をするとクロエはいそいそと部屋を出ていってしまった。
クロエはまるで嵐のようだった。
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