第20話 真実

「はい、大丈夫ですよ。何か困ったことでもあったんですか?」


 俺が怪しげな人物を警戒していると隣の西園寺は普通に言葉を返した。


「はい、実は西園寺誠さんに話があってきました」


 俺はその言葉を聞いた瞬間西園寺の腕を引いて俺の後ろに隠した。


「ちょ……いきなりなにすんの!」


 西園寺はびっくりして怒っているみたいだが、この人が西園寺の名前を知っていることはおかしい。

 西園寺も初対面の人と話す時の雰囲気だったし、まさか実は知り合いでした。なんて事はないだろう。


「ははは、突然の事で驚かれたのでしょう。平冬馬さんも悪気があったわけではないでしょう」


「え? なんで冬馬の名前を知って……」


 は? 俺の名前も知ってる? ……西園寺の事だけならまだしも俺まで知ってるってのはどういう事だ。


 ……まさかこいつが女体化の犯人? 西園寺を女にしてからずっと観察してたのか? いや、犯人ならわざわざ目の前に意味がわからない。


 どちらにせよ、碌なことにはならないだろう。


 俺はポケットに手を入れてスマホを取り出す。いざとなれば警察に……


「それは無駄なのでやめておいた方がいいかと……私、いえ私達は国の命令で動いていますので」


 やっぱり国が関わっていたのか。


「冬馬……」


 西園寺が俺の腕を握ってきた。

 俺なるべく平静を装いながら口を開く。


「あー、貴方達が西園寺を女にした犯人ってことでいいんですかね?」


「はい、そうです」


 黒服の男は表情一つ変えずに肯定した。


 こいつらの目的はなんだ? なんで今更出てきたんだ?


「……ここで長話するのもなんですし、場所を変えませんか?」


 向こうの誘いに乗るのは危険だと思ったが、国が関わっているなら逃げ場なんてないはずだ。

 それに面と向かって現れたってことは俺達に何かする気はないんだと思う。


「……分かりました」


「冬馬!?」


「どっちにしても逃げられないと思う。今は向こうに従ってみよう」


 驚く西園寺に耳打ちをする。すると西園寺はこくりと頷いた。


「では移動しましょうか」



「ホットコーヒーを一つ。そちらは?」


 ということで、移動してきたのだが普通の喫茶店だった。

 西園寺はよく使っている場所らしい。


「私もホットで」


 メニューを見たが、俺の飲めるものは少ない。コーヒーは苦手だし、紅茶もあんまり好きじゃない。

 他のメニューは呪文みたいだし……


「……コーラで」


 これくらいしか飲めそうなものがなかった。


「かしこまりました」


 店員は注文を聞くと厨房の方へと戻っていった。


「まずは自己紹介を、私は野口五郎。国が秘密裏に行っているTS研究機関の局長です。名刺は秘密組織という立場上ないので許してください」


 TS研究機関局長。


 なんてパワーワードだ。頭が痛くなってきそうだ。


「貴方が私を」


 西園寺が話そうとした瞬間掌をこちらに向けてきた。


「話は飲み物が来てからにしましょう。急かして話す事もないでしょう」


 どの口が言ってんですかね!?


 喉まででかかった言葉を飲み込む。


「そうですね……」


 俺達は飲み物が来るまで無言で過ごすのだった。


「さて、どこからお話しましょうか……」


 コーヒーを一口飲んだ野口はカップをテーブルに置くとそう言った。


「なんで私を女体化させたんですか?」


 西園寺が間髪入れずに質問した。


「別に西園寺さんでなければならない理由があったわけではありません。偶然選ばれたのです」


「偶然?」


 俺の言葉に野口は頷いた。


「はい、西園寺さんはランダムに選ばれた被験者の1人に過ぎません」


「ランダムってふざけないでください! そのせいで私……俺がどれだけ苦労したと思ってんだ!」


 ドンっと机を叩いて西園寺が立ち上がった。幸い個室なので客からの視線は感じない。


「落ち着け……」


「ご、ごめん」


 西園寺を椅子に座らせると野口が口を開いた。


「地球上にはオスとメスどちらにもなれる生物がおよそ300種類ほど存在しています」


 なんの話だ?


「ですが人、哺乳類はその域から外れています。それは生殖器が特別複雑にできているからです。ですが私達はついにその域へ手を伸ばしたのです!

 高度な知性体である感情を持つ人間が性転換をすれば精神が体に引っ張られるのか? それとも体を精神がねじ伏せるのか? そしてその先も……コホンッ、それらを研修する為に私達はランダムな被験者が必要だったのです!」


 身勝手すぎるだろ。そしてよく国もこれを許したな。人道的にダメだろ。


 だけど空いた口が塞がらない。それくらいインパクトが強かった。


「……………」


 西園寺も同じなのだろう。


「それから私達は全国で1000人以上の被験者を性転換しました」


 そういえば、全国的に誘拐が増えてるって日向さんが言ってたな。


「そしてその全てを尾行し調査した結果、約8割が精神が体に引っ張られるという結果になりました。こちら謝礼になります」


「ッ!?」


 そう言って分厚めの封筒を渡してきた。中を確認すると諭吉が束になって入っていた。

 分からないけどおそらく100万以上ある。


「それとこの事はご内密にお願いします。と言っても言いふらした所で誰も信じないと思いますが……」


 そう言って野口は席を立った。


「待て待て待て! 何帰ろうとしてんだよ! 西園寺を戻してやってくれ! もう実験も終わったんだろ!?」


 俺は慌てて立ち上がり野口の腕を掴む。


「西園寺さんが望むなら私達はいつでも性別を戻す用意はできています。……ですが」


 そうだ。西園寺もガツンと言ってやればいいのにさっきから静かだ。

 西園寺の方を見ると下を向いて座っているだけだ。


「おい西園寺! さっさと戻してもらえよ!」


 声をかけるが、西園寺は動かない。


「その、野口さん。私が……」


 何故か西園寺がモゴモゴとしている。


「こちらに連絡をくださればすぐに対応いたします」


 野口はメモを取り出して何かを書くとページを破ると西園寺に渡した。


「ありがとうございます」


「は!? すぐに戻して貰えば」


 西園寺は俺の言葉を断ち切るように立ち上がった。


「ごめん。今日は帰る」


 そして鞄を持って帰っていってしまった。それを見た野口ももう用はないと言わんばかりに片付けを始めた。


「待てよ、西園寺を戻してくれ」


 普段ならこんな強い言葉絶対言わないが、今回は特別だ。西園寺の一生がかかっているのだ。ここで引き下がったら友達じゃない。


「……平さん。私の話を聞いていなかったのですか?」


「聞いてたよ! アンタらは国の命令で性転換で起きる変化を研究してたんだろ。だけど研究は終わってこうして謝礼を持ってきた」


「……8割の人が体に精神が引っ張られたと伝えたはずですが?」


「だからそれがどう……し……た……」


 そこでようやく気づいた。自分でも少しおかしいと思っていた。女子になってから西園寺は可愛くなりたいとか女子っぽく振る舞うことを頑張っていた。


 いや、頑張った所でどこかボロがでる。その筈なのに西園寺はみるみる女子のようになっていた。歩き方や仕草、そこらの女子より可愛いと思えるほどだ。


「西園寺さんは性転換した人の中でもかなり精神が引っ張られている方です。調査結果から平さんの存在が大きいということも分かっています」


「は? 俺の存在?」


 なんでそこで俺が……


「はい。ですが、これ以上は教える事はできません。お会計は済ませておきますのでご自由になさってください」


「あっ、ちょっ……」


 野口は今度こそ席を立ってレジの方へ向かっていった。俺は残されてた封筒を眺めながら残っていたコーラを一気に飲み干すのだった。

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