第17話 兄として

「ただいまー! 冬馬もご飯食べ終わったみたいだね。これからどうする?」


 しばらくすると西園寺が戻ってきた。


「どうするって2人は予定を決めてたんだろ? この後回る店とかあるだろ」


「クロエとの約束は朝に終わっちゃったからね。これからの事は決めてないの……」


「じゃあゲーセンとかどうだ? 暇つぶしにはもってこいだろ」


「まっ、いいんじゃない。どうせ暇だし」


 クロエなら否定すると思ったが意外だ。


「うん。クロエもいいみたいだし、私もそれでいいよ」


「じゃあ行くか」

 

 俺達は移動するために立ち上がるのだった。


 ということでゲーセンにやってきたのだが、休日ということもあって人が多い。


「久しぶりにきたけど、人多いわね」


 クロエは人の多さに少しうんざりしているようだ。


「そうだね。比較的空いてそうなクレーンゲームから回ろっか」


 よくみてみるとコインゲームの方が人が多い。


「そうだな」


 歩き出すとすぐにクロエが足を止めた。

 そして視線の先にはバーコード頭の腹巻をしたおじさんの人形があった。


「どうしたのクロエ、それ欲しいの?」


「……うん」


「よし、じゃあお姉ちゃんが取ってあげるね! クロエは後ろで見てて!」


 西園寺は腕捲りをして気合が入っているようだ。


「なによ」


 クロエが話しかけてきた。


「いや……趣味悪くない?」


 もうちょっとあるだろ。なんでおじさんなんだよ。横には可愛らしいウサギのぬいぐるみもある。普通そっちじゃないか?


「くたおじ知らないの!?」


「くたおじ?」


「人生にくだびれたおじさんよ! ぶさかわで最近女子学生の間で流行ってるのよ! SNSでもよく見るし、遅れてるわねぇ」


 人生にくたびれたおじさん……SNSなんて碌に見ないし知らなかった。


「そ、そうなのか……」


「ああっ!? なんで! 今引っかかったじゃん!?」


 俺達が話している間にも西園寺は順調にお金を減らしているみたいだ。


「冬馬、両替してきて!」


 西園寺が財布から千円札を取り出してきた。


「え、なんで俺が……」


「私はこれで手が離せないし、クロエには私が取る瞬間を見てもらわないとだから!」


 そう言いながらも西園寺はマシンに100円を投入した。


「あー、分かりましたよ。行ってきますよ」


 それから俺は3回ほど両替機とクレーン機の間を行ったりきたりした。


「ね、ねぇ。止めた方がいいかしら?」


 クロエは申し訳なさそうな顔をしている。


「だ、大丈夫。あと千円、千円で取れなかったからやめるから!」


「ひっ……」


 西園寺の目は血走っていた。獲物を狙うハンターのそれだ。おかげでクロエが怯えてしまった。


「はぁ……」


 ため息を吐きながら西園寺に近づく。景品を取ろうとして心配されてどうするんだ。


「言っとくけど、冬馬の力も借りないから!」


「分かってるってお前は一度決めたことをやりきる性格だろ? まずあのおじさんを手前に寄せるんだ」


「……分かった」


 元から俺が取るつもりはない。俺がとってもクロエは喜ばないだろうしな。とはいえ、これ以上金をかける友達の姿も見たくない。だから俺はアドバイスすることにした。


 少し不満そうな西園寺だったが、アドバイス通り200円ほど使っておじさんを穴の近くに寄せた。


「おっ、いい感じ! 次はこれを取ればいいの?」


「いや、右のアームでおじさんを引き上げる感じだ。そしたらアームが弱くても取れるから」


「分かった! ……取れた! ねぇ見て! 取れたよ!」


 西園寺は取れたことがよほど嬉しいのか、飛び跳ねている。


「おめでと、でもほらそれは妹にだろ?」


 と言ってクロエの方をみると驚いている呆気に取られていた。西園寺が取れたことがそんなにびっくりしたのか?


「そうだね! クロエ! おじさん取れたよ! ……冬馬の力も借りちゃったけど私からのプレゼント!」


「……う、うん。ありがとう……お兄ちゃん」


 クロエが感謝を伝えると西園寺は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になった。


「いいの、いいの! 私はクロエのお兄ちゃんだからね!」


 西園寺はクロエの頭を撫で始めた。

 クロエはくすぐったそうな顔をしている。


 ……クロエのやつ普段からあれだけ可愛かったらいいのにな。俺には絶対そんな姿見せてくれないもんな。


「……ところでアンタはなんでそんなにクレーンゲームが上手いのよ」


 それが終わるとクロエが訝しみながらこっちに近づいてきた。


「上手いか? 別に普通だと思うけど……」


「それ私も思った! アドバイス通りにやったら簡単におじさんも取れちゃったし!」


「あー、そうか? 強いていうならゲームとかアニメのキャラを取ってたらコツがわかってきた的な?」


 ゲーセンのフィギュアでもクオリティが高いものは多い。それらを少しでも安く取るためにやっていたら身についた技術なのだ。


「オタクね」


「うっさい、ほっとけ!」


「でもちょうどいいわ。他のくたおじも欲しいからアンタが取ってよ」


「はぁ? なんで俺が……」


 俺から貰っても嬉しくないだろ。


「あっ、実は私も欲しいのがあるんだ! 冬馬お願い!」


 西園寺までお願いしてきた。


「はぁ、分かった。ただし俺はあんま金持ってないからたくさんは無理だぞ。1人2個までだ」


「やったー!」


「2種類……少ないけどまあいいか」


 クロエはもう少し西園寺を見習った方がいいと思う。


 それからクレーンゲームを楽しんだ俺達だが、いつのまにかクロエと西園寺は仲直りできていたようだ。

 最後の方に撮ったプリクラでは2人が俺の顔に落書きばっかしてたし……まあなんにせよ、よかった。



 帰りのバスでクロエと席が隣になってしまった。

 前に座っている西園寺と席を変わろうとしたのだが、クロエが言いたいことがあると思うからと断れられてしまった。


「……今日はありがと」


 気まずいな……なんて思っているとクロエが突然お礼を言った。


「……おじさんのことか?」


「違うわよ! お兄ちゃんとのこと……」


「あ、あぁ。でもそれは西園寺妹が西園寺を信じて勇気を出した結果だろ? 別に俺は何もしてないよ」


 そういうとクロエは驚いた顔をしていた。


「ん? どうした?」


「お兄ちゃんが、アンタを頼る理由が今日一日で分かったわ。……今まで悪かったわね」


 !?!?!?!?


 あのクロエが俺に誤っただと? 何が起きているんだ。明日は嵐か? それとも魚でも降ってくるのか?


「そんなに驚くことないでしょ……これでも本当に悪い事をしたとは思ってるんだから」


「あ、そのごめん……西園寺妹が謝ると思ってなかったから」


「私をなんだと思ってるの!? それと、それやめていいから」


「それ?」


 なんのことだ?


「西園寺妹ってやつ。これからはクロエって呼んでいいわよ。私も冬馬って呼ぶから」


 !?!?!?!?


 これ、本物のクロエだよな?


「アンタ変なこと考えてるでしょ」


「いや……」


「馬鹿みたいにわかりやすいわね。せめて目は合わせなさいよ」


「……で、これからどうするんだ? 西園寺とは上手くやっていけそうか?」


 気まずくなって話題を逸らす。


「露骨に話逸らしてきたわね。……まだわからないわよ。私の気持ちもお兄ちゃんのこともゆっくり考えることにするわ。色々変わりすぎて私も考えすぎてたみたいだし」


「そっか……それがいいかもな」


「うん。それにお兄ちゃんは自分でも気づいてないみたいだけど……って、やっぱりなんでもない」


「なんだよそれ?」


 逆に気になるじゃないか。


「アンタは気にしなくていいの!」


「えぇ……」


 逆ギレかよ。


 そんなこんなでちょっと変わったお出かけは幕を閉じるのだった。

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