第16話 思い

 服を選び終えてちょうどいい時間になったという事で、フードコートにやってきた。

 俺はラーメンにチャーハンのセット西園寺はカレー。クロエはたこ焼きだけだ。


「なによ」


 クロエを見ていると不満そうな顔をしている。


「それだけで足りるのか?」


 たこ焼きっておやつみたいなもんだろ。それだけで腹を膨らますのは無理があると思う。


「これだけあったら充分よ」


「分かる! 私もこの体になってから胃袋小さくなっちゃって……カレーだけでお腹いっぱいだよ」


「へー。そんなもんなのか」


 ラーメンを啜りながら相槌を打つとクロエが立ち上がった。


「どうしたの?」


「食べ終わったから片してくる」


 クロエはゴミ箱の方へと歩いていった。


「この後、私一旦抜けるからクロエの話聞いてあげてくれない?」


「は? 俺が?」


 無理だろ。


「うん! 冬馬ならできるよ!」


 だからお前の俺への信頼度おかしいだろ。クロエの俺に対する態度見ててもいけると思うのか?


「何ができるの?」


 そしてクロエが帰ってきた。


「ううん! なんでもないの! ……あっ! 私あの店に忘れ物したみたい」


「え?」


 クロエが困惑している。


「取ってくるからちょっと待っててね」


 しかも下手か。めっちゃ棒読みだぞ。


「私も一緒に」


「大丈夫、冬馬と一緒に待ってて。じゃあいってくるね」


 西園寺が食べ終わったカレーの皿を持ち上げてどこかに行った。


 そしてクロエはすぐにポケットからスマホを取り出して触り始めた。


 喋る気ないですって言われているみたいだ。


 ラーメンとチャーハンをたべながら何を話すか考える。世間話から本題に入るか? いや、クロエがまともに世間話をしてくれるとは思わない。


「……あー、西園寺が最近西園寺妹と溝があるって言ってたぞ」

 

 考えた末に出した答えはストレートに話を聞くということだ。クロエは西園寺の話なら応じてくれるしこれが一番だろう。


 クロエはスマホを離さずこちらをチラリと見てきた。


「……分かってるわよ。お兄ちゃんがアンタを連れてきたのはそれが理由?」


「ああ、そうだ」


「……そう。なんでお兄ちゃんは昔からアンタみたいなオタクの事ばっかり頼ってんの?」


「俺を頼る? 逆だろ。いつも西園寺には助けられてきた」


 主に人との交流面で。西園寺がいなかったら誰とも喋らない日の方が多かっただろう。


「昔からお兄ちゃんは家でいつも冬馬はどうだとかああだってアンタの事ばっかり話してるのよ」


 え? そうなの? 知らなかった。


「そうなんだ……」


「……アンタはお兄ちゃんが女の子になってなにも思わなかったの?」


 今度はスマホを置いて俺の目を見て話しかけてきた。


「大変そうとは思う。男から女に変わるって何もかも変わるだろ? だから大変なんだろうなって」


 本人は男に戻りたがってる訳だし余計しんどいだろう。


「本当にそれだけ? 実は女の子に変わって嬉しかったんじゃないの? アンタ女の子と接する機会なさそうだし」


 確かに話す事なんて滅多にないが、年下のお前から心配される覚えはない。


「確かに女子となんて話す事ないけど、嬉しいわけないだろ。西園寺が望んでなったなら話は別だけどあいつ戻りたがってるからな」


「嘘ばっかり! さっきもおっぱい見てたじゃない!」


 思わずラーメンを吹き出してしまった。


「ゴホッ、ゴホッ! なんてこと言うんだよ! 俺だって見たくて見たわけじゃない! その、仕方ないだろ? 目の前におっぱいがあるんだぞ? しかもあんな露出して……」


 年下に何を言ってるんだ俺……


「女の子だったら誰でもいいの!? アンタサイテーね! そんなんだからその年で彼女もできないのよ!」


「ほっとけ! お前に心配されなくてもいつかできるよ! ……多分。……って話が逸れたな。西園寺は西園寺だろ? 今まで通りにしてやれよ。お兄ちゃんがお姉ちゃんになったって別に関係ないだろ?」


「関係ないわけないでしょ! お兄ちゃんが好きなんだから!」


「お前がブラコンなのは昔から知ってるけど、西園寺は西園寺だって。ブラコンがシスコンになるだけだろ?」


「そういう好きじゃないの! ……本当に好きなの」


「……え?」


 一瞬俺の頭が空になった。


「西園寺誠をお兄ちゃんとしてじゃなくて! 男としてずっと好きなの! だからアンタが嫌いだった! 昔からお兄ちゃんはアンタの話ばっかりして今日だってそう! 結局アンタに頼ってるじゃない!」


 今明かされる衝撃の真実だ。

 妹から男として好かれてるとかあいつギャルゲーの主人公か何かなの?


「あー……ちょっと待ってくれ。今整理してるから」


 とはいえ頭の処理が追いつかない。そりゃ気まずい雰囲気なるわけだ。好きな男が女になって帰ってきたら誰だってそうなると思う。


「ふー、ふー」


 クロエはついに言った。言ってやったぞと言う表情で興奮している。


「……それは西園寺妹が家族愛と異性の愛を思い違いしているわけではなく?」


「パパやママの事は好きだけどこんな気持ちにならないもの!」


 ……そっかぁ。


「じゃあクラスの男子とかは?」


「私の足とかみてくるからきもい! そうじゃなくてもお兄ちゃん以上に格好いい人なんていないもん!」


 ……そっかぁ。


 これ俺が解決するの無理じゃね? 本当に好きだったんなら時間が解決することもないだろうし、時間が経てば経つほど余計拗れるだろう。


「じゃあ今の西園寺はどう思うんだ? 格好いいより可愛いになってしまったけど、嫌いなのか?」


「……今でも好き。それは確かだけど、どうやって接したらいいか分からないの」

 

「それはなんでだ? 外見が違うから? 性別が変わったから?」


 これさえ分かれば接しやすくなるかもしれない。


「分かんない……」


 まあそうだよな……それが分からないからクロエも困ってるのだろう。


「じゃあさ今日一日男だった時と変わらずに接してみろよ」


「でも……」


「確かにさ、アイツの性別が変わって見た目も変わった。最近じゃ話し方まですっかり女の子みたいになってきたけど、中身は変わってないんだよ。

 呼び方だって無理にお姉ちゃんって言う必要はない。アイツだってそんなの気にしないと思うぞ」


「そんなこと……」


「大丈夫だって。西園寺妹が俺を嫌ってた理由アイツとずっと一緒に居たからだろ? その俺が言うんだ。アイツはアイツのままだ。俺を信じてくれなんて言わない。お前が好きになった西園寺を信じてくれ」


「……分かった。信じてみる」


 それから俺達は西園寺が戻ってくるのを待つのだった。

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