第14話 経験
しばらくすると日向さんの家の玄関が開いた。
そして西園寺が出てきた。どうやら話は終わったようだ。表情を見るにあまりいい結果ではなかったのだろう。
「……冬馬」
そして見つかってしまった。
「あー。偶然だな」
「……つけてきたのか」
「ごめん。表情が気になったからつい……1人がいいなら俺はこのまま違う道で家に帰るわ」
「……いや、一緒に帰って欲しいかも」
「そっか」
俺と西園寺は並んで歩き始めた。
「……千尋になんで私に相談しなかったの? って言われちゃった」
「…………」
話を聞く流れになったが、俺は今まで恋愛事情で苦しんでいる人を慰めた事はない。
なんて言ったらいいんだ? 黙って聞くのが正解なのか?
「俺、何も言えなかった」
西園寺の口調がバラバラだ。
自分で自分をコントロールできていないのだろう。それくらい今回のことは精神的にきてるらしい。
「……せめてあそこで会った時に言って欲しかったって千尋の言う通りだよな。彼女を蔑ろにして冬馬と遊んで、最低だな俺って」
「……そんな自分を卑下することないんじゃないか? それにお前の言い方を借りるなら日向さんも西園寺の事を蔑ろにしてるって言えるしな」
「は? 千尋は悪くねぇだろ! 俺が、千尋があんなになるまで放置してたから……」
……西園寺の決して周りを責めない自責思考は幼馴染ながらにすごいと思うけど抱え込みすぎると西園寺の精神が持たない。
「……ならお前は悪いのか?」
足を止めて西園寺の目を見て質問する。
「そ、そうだ。俺がもっとちゃんと行動できてならみんなに迷惑かける事もなかったんだ」
「お前が一番の被害者なのに?」
そういうと西園寺は唇を噛みしめて黙ってしまった。
「結局さ、西園寺の気持ちってのは西園寺にしか分からないんだよ。俺達はお前が女体化して苦労しているんだろうなって同情することはできるけど共感することはできないんだよ」
「俺だってそうだ。西園寺が苦労しているのは分かるし男に戻りたいって気持ちは分かる。でもそれって想像の域を出ないんだよ。だって俺達はそんな経験がないんだから」
「じゃあどうしろってんだよ!」
「言えよ! 日向さんに俺はこういう理由で言えなかったんだって! 全部自分が悪いって考えるのはお前のいいところでもあるけど悪い事でもあるんだよ」
「……そうかもな。ありかとう。俺、もう一回千尋と話してくる」
そういって俺の顔を見る西園寺の顔は普段の元気な表情に戻っていた。
「おう」
西園寺は走り出したかと思うと突然立ち止まりこっちを見た。
「今度は待ってなくていいからな!」
「ああ」
俺は西園寺の後ろ姿を見送ってから家に帰るのだった。
「おはよ!」
「あぁ、おはよ」
次の日、西園寺が迎えにきてくれたのだが、スッキリとした表情をしていた。
「改めて昨日はありがと! おかげでちゃんと話す事ができたよ」
昨日の夜メッセージでちゃんと話せた! ありがとう! ってきてたから話し合いが成功したというのは知っているけど……
「そっか。良かったな。で? なんで俺の家に来たんだ? てっきり日向さんの家に行くと思ってたんだけど……」
「うーん。私達一度距離を取ることにしたんだよね」
「ふーん。……は? ちゃんと話せたんだろ? なのになんで……別れたのか?」
意味がわからん。これからも恋人同士支え合って頑張っていきます! ってなるものじゃないのか?
「別れたわけじゃないけどお互いのために距離置くの……冬馬ってそういうの分かんないよね。経験ないし」
グハッ!?
なんつー口撃力だよ。一瞬意識が飛びそうになったぞ。
「経験なくて悪かったな」
「……拗ねてる?」
西園寺が顔を覗き込んできた。
「拗ねてない」
俺はそっぽを向いて歩き続けるのだった。
昼休みになり、いつもの校舎裏に行くとベンチが一つ使用不可になっていた。
その席は日向さん以前穴を開けたベンチだった。誰かが通報したのだろう。俺はその横にあるベンチに座って弁当を食べ始めた。
「やっぱりここにいるのね」
声のした方を見ると日向さんが居た。デジャヴを感じる。強いて違うところをあげるとすればここ最近でいちばん顔色がいい。
「まあ一緒に食べる相手もいないから」
日向さんは俺の横に座った。
「……誠くんは?」
「さあ? クラスの人気者だから誰かと食ってるんじゃないかな」
「……そう」
気まずいからやめて欲しい。俺が嘘ついた事もバレてるしやっぱり俺から謝るべきなのか? ……謝ろう。下手をすれば俺も隣のベンチのようになってしまうかもしれない。
「あー。その、この前はごめん。西園寺の事嘘ついて」
「別に怒ってないわよ」
ほっ。良かった。
「……って言えたら良かったのだけど、正直少し怒っているわ」
騙し討ちするんじゃねぇ! ぬか喜びしただろうが!
「ごめん」
「いいわよ。誠くんの事を考えたら周囲に話さないのが一番だものね」
「……そう言ってくれると助かる」
「誠くんから話は聞いたかしら? 私達お互いのために距離を置くことにしたの」
「あぁ、聞いたよ」
「その顔を見るに理解できないって顔してるわね」
「日向さんってエスパー?」
「貴方が分かりやすいだけよ。……私はまだ誠くんと一緒に居たいと思っているわ」
「ならなんで?」
「私が誠くんに依存しすぎているからよ。ちゃんと話せたのは貴方のおかげなんですってね。誠くんから聞いてると思うけど、私からもありがとう」
依存しすぎているから? よく分からない理由だ。確かにあの時の日向さんは少し異常だったかも知れないが彼女ならそれくらい心配してもおかしくはないとは思う。
でもまあ当人同士の事だし俺が割って入るのは野暮ってものだ。
「どういたしまして?」
「ふふっ、なんで疑問系なのよ。まあいいわ。私負けないから」
そう言って日向さんは立ち上がって何処かに行ってしまった。
「……なにに?」
俺の質問への回答は返ってこないのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます