第8話 俺の幼馴染

 俺には1人幼馴染がいる。


 そいつは口下手でゲームやアニメが好きなオタクなのだが、俺が女子なら好きになってもおかしくないにはいい男なのだ。


 あいつが覚えているかどうかはわからないけど小学生の頃にクラスメイトがいじめに遭っていた事がある。


「あー、そう言うの良くないと思うぞ? 将来こいつが成功者になったら復讐されるかもしれないし……」


 そんな時、あいつはこんな事を言って止めに入ったのだ。

 オドオドとはっきりない喋り方だったが、あいつ……冬馬は誰もが見て見ぬ振りをしていたいじめを止めに入ったのだ。


 小学生ながらに凄いと思ったし尊敬した。

 普通の人間はその後の事や人との仲を気にするが冬馬はそれを気にしていなかった。


 一度何で助けたのかと聞いたときに冬馬は「困ってたから?」と疑問系で言っていたがあいつの中では困っている人がいたら助けるのが普通なのだろう。


 それが原因で冬馬がいじめられ始めた時も「誠は普通に話してくれるし、アイツらとは元々喋った事ないしなぁ」と言って気にしている様子はなかった。


 すぐに俺は冬馬へのいじめをやめさせた。それ以降クラス内のいじめはなくなった。


 みんなは俺が凄いとかかっこいいと褒めてくれたが、本当にすごいのはアイツだ。何でそれをみんなわからないんだ、と思った。


 だから俺は事あるごとに冬馬に人を紹介しているのだ。冬馬の良さを少しでもみんなに分かって欲しくて……でもそれをきっかけに仲良くなった人は今まで1人もいない。



 そして高校生に成長した俺は女体化にした。


 その事実が認められなくてお気に入りの公園で自暴自棄になりかけていた時、冬馬が俺を探しにやってきた。


 他の友達や千尋にもここを好きな場所と言って紹介していたが、来てくれたのは冬馬だけだった。


 来てくれた事にすごく嬉しくなったが、声をかける事ができなかった。馬鹿にされると思ったし、信じてもらえるとも思わなかったからだ。


 目があった時に何か言ってくれるのかとも思ったが、あいつは何も言ってくれなかった。当然だ。今の俺と、男の時の俺じゃ違いすぎる。


 その日の夜、俺は気づいたらあいつに連絡していた。


 多分寂しくて辛くて1人じゃどうしようもないと思ってしまったからだ。


 すぐにメッセージを送った事を後悔したが、もしかしたら来てくれるんじゃないかという小さな思いもあった。


 それから20分後に冬馬はやってきた。

 息を切らしていて、今にも死にそうだった。多分家を出て全速力でここまで来てくれたのだろう。


 落ち着いた冬馬に俺は全て打ち明けた。

 女体化した事、辛かった事、将来の不安。冬馬は何も言わずに全てを聞いてくれた。


 そしてそれら全てを聞いて茶化すわけでもなく、助けてくれた。冬馬はあの時から変わっていなかった。

 その後無理やり家に連れて行かれた訳だが、内心では嬉しかったし、前を歩く冬馬の背中はとても大きく見えた。


 風呂に入った時に自分の体を見る事になり、辛かったがその後はとても面白かった。

 冬馬が風呂上がりの俺を見て顔を赤くしたのだ。複雑な気分になるかと思ったがそんな事なかった。


 むしろ逆に面白かったのだ。俺の知る限りでは冬馬は女関係に疎いし、さっきまで頼もしかった冬馬はどこに消えてしまったのか?


 ちょっと揶揄いたくなった俺はわざとおっぱいを近づけて顔を覗き込んでやった。


 すると爆発しそうな顔の赤さになり自分が置いていたコントローラーに文句を言いながら部屋を出て行ってしまったのだ。


 それとこれは余談なのだが、この体になってから感度が上がった気がする。すぐにくすぐったくなってしまうのだ。そのせいで冬馬に変な姿を見せてしまった。


 次の日冬馬と一緒に事件の捜査をした事で少し心の整理ができた。


 勿論男に戻る事を諦めたわけではないが、冬馬のいうように個人に女体化できる技術があるとも思えない。

 国やでかい組織が絡んでいると考えた方が納得できるからだ。少し納得のできた俺は前向きに慣れた気がする。


 だからその後に服屋に行って服を買ったのだったが、この店に行ったのは失敗だった気がする。

 店員さんがお似合いのカップルになるとか好きなんでよね? とか意識させることばかり言うから冬馬に変な意識を抱いてしまったのだ。


「はぁ、やり過ぎたよな……」


 ちょっと荷物を持ってくれて褒められたくらいで、逃げてしまうなんて……


「どうしかしましたか?」


 ドリンクを作っている人が俺のため息に気づいたようだ。業務中なのに悪い事をしたな。


「ちょっと友達と色々ありまして。あはは……」


 女性っぽい口調も少し慣れてきた。


「青春ですね! トロピカルミックスジュースお2つって事は?」


 トロピカルミックスジュースというのはこの店の1番人気の品だ。


「1つはその友達の分です」


「それだったらメッセージお書きしましょうか?」


 メッセージか。いいかもしれない。


「……冬馬、迷惑かけてごめん。それとありがとうって書いてもらうことってできますか?」


 口に出しての感謝も謝罪も聞き飽きているだろう。でも俺は本当に感謝しているのだ。

 これだったら戻った時にさりげなく渡せるしいいだろう。


「分かりました! ……こっちがお友達の分で、こっちがお客様の分です!」


 俺の方には頑張ってください!! と文字が書かれていた。


「ありがとうございます」


「ありがとうございましたー!」

 

 ここら辺のベンチといえば少し行ったところにあるベンチだろう。

 恐らく冬馬はそこに居るはずだ。


「おねえさん、可愛いね! もしかしてハーフだったりする?」


 歩き出すとすぐに2人の男に行く手を阻まれた。

 2人ともチャラ男という表現が似合う格好だった。1人は髪の毛を金に染めていて、もう1人は肌を焼いているようだ。


「……そうですけど」

 

 男なのにナンパされる事になるとは……2人を警戒しながら睨みつける。


「わあ、怖っ。でも本当に綺麗だね! アメリカ系のハーフだったりする?」


「どっちだっていいだろ。この後カフェにいかね? 俺らいい店知ってんだ」


 2人は下衆な笑みを浮かべながら俺の胸を見ている。

 女性は男の視線に敏感だと言うが初めて実感した。この視線は不快だ。


 ……冬馬の時はそんな事なかったのにな。なんでだろ? まあいいか。


「すみません。人が待ってるんで退いてもらえますか?」


「その子はほっといて俺らと遊ぼうよ」


「俺らの方が面白い遊び知ってるぜ? そんな格好してるし、そういうのすきだろ?」


 俺の格好は別にどうでもいいだろうが。第一これはお前らに見せる為に着ているわけじゃない。


 今の自分に似合いそうな服を着た結果だ。


「あの、本当に困るんですけど……」


「いいから行こうぜ」


 腕を掴まれて俺の怒りも限界になりそうになったその時……


「あっ、こんな所にいたのか! 心配したぞ! さ、あー。まこと。この人達は……」


 冬馬が来てくれた。が、状況を見ても分かっていないらしい。気づけよ、馬鹿!


「あれ? お兄さんこの子の彼氏だったりする?」


「や、違いますけど……」


 否定するなよ!


「そうなんだ。悪いけどこの子俺達と一緒に遊ぶ事になったから」


 勝手に何を言ってるんだ。お前らと約束した覚えはないぞ。


「……えっ?」


 そう言って俺の方を見る馬鹿。

 こいつのことだから俺が友達多いからそれ繋がりだと思ってるのだろう。


「行かねぇよ! この人達が勝手に言ってるだけだ!」


「あっ、そうなの? すみません。まことは今日俺と用事があるのでまた今度にしてください」


 この馬鹿! なんで普通にお願いしてんだよ! 相手はナンパ師だぞ。こんくらいで引き下がるわけが……


「あっ、じゃあ俺達はこれで……ってわけにはいかなんだな。これが」


 案外ノリいいな! この人!


「そうなんですね。じゃあこれから来る友達も含めてみんなで遊ぶっていうのはどうです? 野球部の鷹くんとかサッカー部の柊くんも来るんですよ」


 誰!?


「誰だよそいつら!?」


「いやー。実はその。俺誕生日なんで今日みんなが祝ってくれるんですよ」


 冬馬のやつ頭おかしくなったのか? そう言いながら冬馬はナンパ師の手を俺の腕から引き剥がした。


「触んなよ!」


「こいつ頭おかしいんじゃねぇの?」


「俺もそう思う」


 ナンパ師たちはコソコソと話し合っている。


「今日の夜、出来立て! 闇鍋パーティ! ドッグフードもあるよ! するんですけどぜひ参加して欲しいです!」


「アンタ、こんな変なのと関わらない方がいいぞ」


 コソコソと話し合ったと思ったらナンパ師達は俺に警告をしてどこかへ行ってしまった。


「ふぅ……あれナンパだろ? 現実でするやついるんだな」


 それを見送ると冬馬は普通に戻った。


「なぁ、さっきのあれって何だったんだ?」


「いや、腕っぷしでは簡単に負けるだけだろうし。変なやつ演じたら勝手に逃げていくかなって」


 短時間でそんな事を考えてやってみせるとはやっぱり凄いやつだ。


「……ありがと、それとこれ」


「うっす。これがあの行列を作っているジュース……ん? これ……」


 どうやらメッセージに気付いたようだ。

 これはこれで逆に恥ずかしくなってきたな。


「どっかで座りながら飲もうぜ」


 この体になってから変にドキッとする瞬間がある。でもそれは俺が本気で冬馬の事を尊敬しているからだろう。


 現に今も少しドキドキしているが、決して好きとかそんなのではない。同じ男としてかっこいいと思ったからだ。


 そもそも俺には大切な彼女の千尋がいるんだ。


 そんな事を思いながら俺はベンチを探す為に歩き始めたのだった。

 

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