第3話 正体

「……幼稚園の頃、お泊まり会で特に印象に残ったことは?」


「……俺のお漏らしだ」


「小学生の時、俺が好きでずっと見てたけど西園寺に告白した女の子の前は!?」


「かなちゃん! 海老原佳奈だろ! でも俺は好きじゃなかったから断った!」


「それが原因で引きこもりそうになった俺にお前のやったことは!?」


「俺と冬馬、かなちゃんの3人でショッピングだろ!」


「そのせいで俺がどんな気持ちになったか分かってんのか!? こら!」


 俺が質問し、美少女が答える。その流れで昔の嫌な事を思い出して飛びかかってしまった。


「それは悪かったって! あん時は小学生だったからそういうことに疎くて一緒にいられたら幸せかなって思って!」


 こいつは女にモテまくってきたせいか、そこら辺の感覚が鈍い。

 水に流したはずなのについイラッときてやってしまった。俺は直ぐに西園寺の腕を離した。


 そしてこれで分かった。こいつは本物の西園寺だ。


「いてて……これで信じてくれたか?」


 西園寺の腕を見ると白い肌に俺の手痕が残ってほんのりと赤くなっていた。


「あっ、ごめん。大丈夫か?」


 嫌な悪夢でも見てるみたいだ。前の西園寺ならこの程度なんともなかったはずだ。


「あぁ、あん時は俺も酷い事したしこれくらいいいよ」


 少しの沈黙の後、俺は口を開いた。


「で、本物の西園寺だとして……なんで女の子になってんだ?」


 一度西園寺の体を上から下まで見るが完璧に美少女だ。


「それが分からないんだ。あの日、千尋を家まで送り届けて帰ろうとしたら誰かに後ろから布を口元に当てられて……気づいたら」


「その体になってたと」


 俺の言葉に頷く西園寺。


 うーん。西園寺はこういうことで嘘はつかないけど、信じられない。


「やっぱ、信じられねぇよな……意味わかんねぇよ。こんなことことになるなんて……」


 西園寺の吐き出すような言葉を黙って聞き続ける。


「どうやったら戻れるんだよ! お母さんやお父さん、それに妹だって! 千尋まで居るんだぞ……なんて説明すればいいんだよ……」


 俺の胸に顔を埋めながら泣き続ける西園寺、悔しそうに俺の胸を叩くが全く痛くない。


「なぁ、俺どうなっちまうのかな?」


 顔を上げ、答えを求める西園寺。だが俺はそれの答えを知らない。

 それからも泣き続ける西園寺の頭に手を置いて励ますか考えた俺だったが、結局何も出来ずに西園寺が泣き止むのを待つのだった。




「……その、悪い。変なとこ見せた」


「気にすんなよ……変なところなら結構見てる」


 伊達に小さい頃から隣の家で過ごしているわけではない。


 そしてこの現象について考える。謎の美少女の体に中身は西園寺。乗っ取りか何かか? それとも西園寺自身が女子になったのか?


 髪の毛の特徴や、おばさんと一緒で立派なたわわを見る分に西園寺が女子になった可能性が高そうだ。


 通称TS(transsexual)性転換ってやつだ。一部界隈ではすごい人気なのだ。


「ジロジロ見てくんなよ」


 まさか現実で拝むことになるとは……しかも幼馴染で。ここだけ聞いたら何かの作品にありそうだ。


「あっ、ごめん。でもなんで俺に連絡したんだ? 普通こういう時は家族だろ」


 さっき泣いていた時に家族にどう説明すればと言っていたが、俺が同じ状況だったらなんだかんだ言って家族に話すだろう。


 なのに、なんでそれを俺に?


「本当は誰にもいうつもりなかったんだけど、冬馬とここで会ったから、それで……」


 誰にも言うつもりなかったその言葉に嘘はないのだろう。

 でもなんでここで偶々会った俺に言うつもりになったんだ?

 ……考えても分からない。まあこれは置いておくか。他にも聞きたい事はある。


「そっか。そういえばライムでメッセージ送ってきたけどあれは西園寺の携帯で送ったのか?」


「あ、あぁ。俺が目を覚ました時に携帯と財布はポケットに入ったままだったんだ。というか俺が意識を失ってから何も取られてたりはしてないんだ。この服だって元は俺のだし」


「はぁ? じゃあ犯人はその……西園寺を女体化させた後に何もせずに放置したってことか?」


 犯人の目的は一体なんなんだ。ってか人の性別を簡単に変えれるって何者なんだよ。


「そう、だと思う。気づいたら近所の児童公園のベンチに居たんだ」


「なにも分かんないな。犯人の目的もどうやって西園寺を女にしたのかも」


 一通り話を聞いてみても何も思いつかない。寧ろ謎は深まるばかりだ。


「そういえば、どれくらいの間気を失っていたんだ?」


「5日だと思う」


「結構長い間意識を失っていたんだな。目を覚ましてからの2日は何をしていたんだ?」


「俺が気を失った所に行って何か手掛かりを探してたけど、何も見つからなくてほとんどの間ここに居た」


 まあ気持ちはわかる。自分の性別が変わってしまうなんて事が起こったらショックで何も出来なくなるだろう。


「ん? その間のご飯とか寝る所はどうしてたんだ?」


 西園寺の顔色はかなり悪いし、服や髪もよく見るとも かなり砂埃がついている。


「金はあったからご飯には困らなかったよ。あまり食欲は湧かなかったけどな。ははは」


 財布の中の諭吉さんを2人ほど見せながら力なく笑う西園寺。

 なんで普通に諭吉が2人もいるの!? 俺なんて月のお小遣い樋口さんだけだぞ。どうやったら財布の中に……って今は関係ないか。


「……寝る場所と風呂は?」


「最初はネカフェに泊まろうとしたんだけど身分証が必要らしくてさ。ほら今の俺じゃ、あれだろ? そしたら不審に思った店員が警察に通報しそうになったから逃げたんだ。それからはここで寝泊まりしてる」


「…………」


 どうやら俺が思っている以上に西園寺は大変な思いをしてきたらしい。


「……とりあえず今日は俺の部屋に泊まるとして、問題はこれからどうするかだよな」


 いつまでも俺の家で面倒を見るというのは不可能だ。

 どれだけ頑張っても2、3日が限界だろう。それ以上過ぎてしまうと親から絶対何か言われるだろう。

 まあ友達を家に呼んでお泊まり会なんてした事ないから分かんないけど……


「はぁ!? 悪いって! ただでさえ変なことに巻き込んでんのにこれ以上は冬馬に申し訳なさすぎる!」


「いや、今のお前を放置する方が俺の心臓に悪いって……」


「それは! そうかもだけど……」


 それでもまだ申し訳なさそうな顔をしている。

 こいつが一番の被害者なのに俺のことまで気にかけていい奴すぎだろ。


「あー、じゃあ今まで友達とか紹介してくれたお礼ってことで」


「全部失敗してきただろ! 冬馬が紹介した中の誰かと仲良くしてるとこ見たことねぇよ!」


 うぐっ、その顔で言うなよ。なんか普段の西園寺より口撃力が高いような気がするだろ。


「そ、それは……紹介してくれたことは事実だしお礼はしなきゃだろ! ほら、行くぞ!」


 西園寺の腕を掴んで無理矢理連れて行くことにした。

 ここで西園寺と別れたら一生会えないような気がしたからだ。


「は、離せよ! 俺は冬馬に迷惑かけたくないつってんだろ!」


 西園寺は必死に抵抗しているみたいだが、力が弱くて抵抗できていない。


「あー! あー! 反論は受け付けませーん!」


 それ以降もキャーキャー叫んでいたが、山を下った頃には抵抗するのをやめて黙ってついてくるようになったのだった。

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