第38話

 第二都市は海に面している。本当ならカラフルな建物が沢山見れるらしいが、今は深夜だし生憎見ている余裕もない。


 海の向こう側は非世界が広がっているという。船に乗った非世界の人間が第二都市に流れ着くという話はよく聞いていた。そういう人たちは勿論今回みたいに隔離されたり、処分されたりしているみたいだ。非世界からのあぶれ者、第一都市からのあぶれ者、第三都市からのあぶれ者が集まる場所。それがこの第二都市だと、ファルから聞かされている。


 私たちは監獄のある山の中腹に出た。そこから山頂までは走っていかなければならない。


「デートでも山を登って、仕事でも山を登るとか……! 今日は本当にツイてねぇな……!」


「そんなこと言わずに。監獄には結界が張られていて、転移魔法では近づくことすら出来ないんだから」


 ファルとデラニーの二人はそう言いながら曇天の中山を駆け上がっていく。私はというと、第二都市はさっきまで雨が降っていたのだろう、ぬかるんだ地面に足を取られて上手く走れない。いつもなら走れてる。でも今は、緊張と、不安で……!


「二人とも、速い、です!」


「まぁ競争だからねぇ」


「転ばねぇように気をつけろよ!」


 追いて行かれないように必死に走る。二人がとても遠い存在のように思えた。犯罪者である堕落とそっくりというだけで、自分まで人ではない何かのように思えた。駄目だ、頭がちゃんと働かない。


 そして、山頂に着いた。


「こ、このボクが、ま、負けただってぇ⁉」


「うるせぇ。男なんだから当たり前だ、はぁ」


「ふ、二人とも、速すぎます」


 彼らは一つ深呼吸をしただけで、全く息が上がってない。絡繰りである私は息をぜーはーさせているのに。


「そりゃ立場的にはキミが一番きついんだし。大丈夫? 頭回ってる?」


「ほら、行くぞ。手出して」


 ファルが差し伸べてくれた手を掴むと少しだけ安心した。


 ここは魔法が使えない結界が張られていないからそんなはずはないんだけど、愛しい人と手を繋ぐという行為は、本当に魔法みたいに安心する。


「じゃあ中入るから。多分だいぶ怖いと思うから、ファルくんの手をしっかり握っておくんだよ。夜だし」


「ガチでほんとに怖いからな。覚悟しろよー?」


「な、なんで二人はそんな余裕なの……」


 ◇ ◇ ◇


 監獄の中は薄暗くて灰色で、空気がキーンと冷え切っていた。不気味なほど静かな中で、カツカツと私たちの歩く足音だけが響く。時折誰かが何かを殴ったかのような、大きな音が遠くで聞こえる。


 私は怖くなってファルの腕にしがみついた。足音以外の何かが聞こえたり、監獄内の明かりが点滅する度にびくびくしてしまう。


「べっ別に怖くなんてないんだからねっ!」


「うるせぇぞデラニーさんよぉ。 お前が言っても全く可愛くねぇ」


「そ、そう言えば、ファルさんとデラニーさんって、どういう関係なんですか」


 私は怖さを紛らわすために尋ねた。目的の場所までの道はあとちょっとだと言うのに、果てしなく遠い気がして。


「どんな関係って……仕事仲間、か? 昔は魔法について色々教えてもらったな」


「ファルくんは愛されやすいからね。あのロキくんが拾ったってだけで興味の対象だったし」


「そうだ、今度クオンにも色んなこと教えてやってくれよ。やっぱり同性の友達がいねぇと」


「あ! いいよー! ボクも友達ほしい!」


「ありがとうございます……」


 一番奥の部屋まで来ると、デラニーと同じ蒼いコートを着た二人の男性が前で立っていた。


「おーお疲れ様!」


 男性たちは黙って敬礼する。


「ちゃんと見張っとくんだよ。何があっても大丈夫なように」


「何があっても……」


「大丈夫だ、クオン。ここは安全だから何も起こらない」


「それじゃあ入ろー! 失礼しまーす!」


 金属でできた重い扉を開けると、そこには写真通りの白髪で緑の瞳をした、私にそっくりな儚げな美女が拘束されていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る