第35話

 ◇ ◇ ◇


 俺は非世界のある夫婦の元で産まれた。顔はもう覚えていない。だって二人とも俺が三歳になるころには孤児院に捨てていったから。


 非世界の孤児院は、それはそれは酷い環境で。体罰、暴力なんて日常茶飯事。教育のきの字だってなかった。あるのはどす黒く醜い私利私欲だけ。孤児院を経営している奴らもそっから子どもを引き取っていく奴らも、結局は金とか性欲とか、とにかく善意で動いている人間なんて誰もいなかった。俺は『120番』って名前をもらった。


 その時の俺? 俺は――悲しまずただ両親を憎んで、歯を食いしばって耐えていた。友達を沢山作ったりもした。でも、その分増えるのは別れの時の虚無感だけで。結局俺は一人で生きていこうと、五歳の時にその孤児院から抜け出した。


 それからはゴミ漁りと魔導書探しの日々だった。ゴミを漁って飯を食い、たまに魔導書を見つけては独学で魔法の勉強をした。どうにかして魔法使いになって、こんなクソみたいな世界から抜け出してみせる。ただその一心で。


 その時は自分が愚か者だなんて、認めたくなかった。


 努力を続けて六年経った時、ついに俺にも魔法が使えるようになった。発現したのは黒い茨の魔法。ずっと一人だった俺にピッタリだと思ったよ。人を傷つけながら自分を守る。非世界出身の俺にとっては運命からのこの上ないプレゼントだった。


 その魔法が発現してからすぐ、俺は自分の家だった場所に戻ってみようと考えた。それで、家をこの茨でバラバラにして、自分の心にけじめをつけて、そして幻想世界に入って一から全てをやり直そうとしたんだ。


 ぼんやりとした記憶を辿りながら、実家まで歩く。魔法があるからもう何だって怖くない。もう虐められることだってない。俺は奪う側に立ったんだ。そう思いながら実家の近くまで来たとき。


 父親と母親の『ような』人の叫び声が聞こえた。


 記憶の底からあの声は両親のものだと察した。急いでその場所に行くと人間だったなにかが転がっていて、そこにはあの男――ロキもいた。


「やあやあ、どうしたんだい?」


「ああ、この二人? 二人は人身売買に深く突っ込んでいたから始末したよ」


「え、きみがこの二人の子どもかもしれない? それはお気の毒」


「へぇ、魔法まで使えるんだ。面白いね」


「決めた。この子を拾って帰ろう。名前は?」


 ロキにそう聞かれたとき、俺はなんて名乗ろうか迷った。名前らしい名前がなかったから。


 でも、俺は自分を愚か者だと自覚していた。悪事を働く愚かな両親の元に生まれ、愚かにも醜く努力を繰り返し、努力が実っても上には上の存在がいて、そいつらにとってはこの非世界の命なんて紙クズよりもちっぽけな存在で、そのことに今更気づいて。


 だから、俺はこの時から自分の名前を『ファル』にした。意味は非世界のスラングで――『愚者』。


 それから五年くらいはロキの処理課に引きこもった。沢山戦闘訓練を受けて、魔法の勉強をして、『堕落』についても学んだ。そこでクエレとニルに出会って、俺たちは第三都市で処理課を運営することになった。なんでか分からないけど、ロキが推薦してくれたんだよな。それから『燃える悪夢』が出てくるまでは仲良く過ごすことになる。


 だけど、たまに一人に――独りになりたくなる時があった。それで、俺は第三都市を歩き回って死に場所を探してみたんだ。興味本位で。


「そしたらここを見つけた。ここで死ねたら素敵だと思った」


「ファルさんは――今でも、ここで死にたいんですか」


「いいや。寧ろ、生きてお前と一緒にまたここに来たいね。それで、お前を拾った理由なんだけど――」


 クエレとニルが死んだとき、二人とも愚かだなと思った。そして、何にも期待することが出来なくなった。だってそうだろ? どんだけ苦楽を共にしても、死ぬときは一瞬、置いて行かれるのも一瞬だ。


 それから。


「それから数年経って、お前を見つけた。その時はまぁお前が大変愚かに思えたよ。可哀そうも可哀そう。ならいっそここで殺してしまおうってな」


「そんな……」


「でも、殺せなかった」


 その時点で、これは何かの運命なんじゃないかと思った。今度こそ。今度こそ、俺は大切なものを手にして、守り切って、幸せな生活を――。


「そんな下心でお前を拾った。……失望したか?」


「いえ、なんというか、私は――」


 ――自分の心まで、茨で締め付けていると、そう思います。


「……そうか」


「だから、自分を――」


「以上! 愚か者たちの話でしたー。さあ、人間的に一番酷いのはどいつだろうねぇ。無責任に子供を産み捨てた両親か、こんな世界に引っ張ってきたロキか。その他諸々ヤバい奴は沢山いるぜ。勿論、ここまで生きてきた俺も含めてな」


「私は……この話を聞いて」


 クオンの言葉を待つ。お前は今、何を思っているんだ。


「生きるのが、これほど大変なのだということに驚いています」

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