第34話

 ◇ ◇ ◇


 その日の夜はよく眠れなかった。今日のうちにかわいい服でも買っておけばよかったと後悔したり、どこに行くんだろうと純粋にわくわくしたり。


 一方ファルは隣ですやすやと眠っていた、と思う。内心は緊張とか期待で大変だったけど、彼の安定した寝息を聞いていると、少しだけ落ち着くことができた。色々考えながらも長い夜を過ごすことができた。


 翌日。


「ふぁぁ、おはよ、クオン」


「……」


「クオン?」


「……」


「まだ寝てるか。うーん、俺も昼まで寝ようかな」


 眠いまま夜までどう過ごせばいいか分からなくなった私は、そう言ってもう一度横になった彼の腕にしがみついた。


「お、おはようございます」


「起きてんじゃん。おはよ」


「……今日は夜まで寝てていいですか。よく眠れなくて……」


「いいぜぇ。俺もまだ心の準備ができてなくてなぁ」


 心の準備⁉ それってなんだか……。なんて冗談みたいなことを考えながら、私は眠気に耐えられずそのまま寝落ちした。


 ◇ ◇ ◇


 夜、月が煌々と輝く空の下で私たち二人は歩いていた。服装は二人ともいつものスーツに武器まで持って。第三都市の小さな山を一歩ずつ歩く度、星のきらめく雲一つない空に近づけている気がする。


「結構歩くだろ、しんどくないか?」


「私は全然大丈夫です。空が綺麗だから……」


「あとちょっとだ」


 そこまで険しくない道を歩いていく。周りを青白く光る精霊たちが飛んでいてとても幻想的だ。爽やかなそよ風が吹いて。木々が柔らかく揺れる。澄んだ空気が心地よくて、つい深呼吸してしまう。


 しばらく歩くと、開けた場所に出た。そこからは――。


「きれい……」


 山頂から第三都市が一望できた。きらきらと都市の明かりが輝いている。森の精霊たちもその景色を楽しんでいるかのようにぷかぷか浮いている。思わずため息が出るほどの絶景に見惚れてしまう。


「すっごく綺麗です……! ファルさん!」


「……」


「……ファルさん?」


 彼の方を向くと、なんだか切ない顔をしている。懐かしむような、悲しんでいるような。ただ、その漆黒の瞳だけは精霊たちの光を反射して美しくきらめいている。


「……ここ、いいだろ。俺のお気に入りの場所。――一人で辛いときは、ずっとここにいた。雨に打たれながら景色を見ていたこともあったな。滅多に人も来ないし、いい場所だよ」


「ファルさんにとって大切な心の拠り所だったんですね」


「心の拠り所かぁ……。どっちかというと……死に場所だと、思ってた」


 ――え。


「これから絶景を眺めながらお前にするのは、昔の俺の話。聞きにくいことも沢山あるだろうから自分で話すよ」


「『燃える悪夢』よりも、昔のファルさん?」


「そう。俺が『幻想世界』に入る前の話。俺が『非世界』にいた頃の話」


「⁉」


 彼は元々、非世界出身だったのか。


「聞きたくなくなったら『もう帰ろう』って言ってくれて構わない。気持ちのいい話じゃないから。それに、俺も上手く話せるか分からないし。なんせ自分のことを話すのが苦手で。途中で詰まるかもしれない」


 彼は一つ、深呼吸をしてからこう言った。


「でも、自分の気持ちを整理するためにも話させてほしいんだ」


 私は黙って頷く。そして、景色を見ながら彼の声に耳を傾けた。


「じゃあ話すか。これは、ある愚か者たちの話――」

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