第31話

 ◇ ◇ ◇




 夜、私は自分の机でロキがくれた紙を見ていた。


「なんで文字が変わってるの……」


 窓から差し込んでいる月光に照らされたその紙には、この家を出たあの時とは明らかに違う文面が綴られている。


『仲直り出来たかい?』


「余計なお世話ですよ……」


 元凶であるロキの無責任な態度に苛立ちながらも、こちらの意思を伝えられる手段を探す。


 この紙をファルに持っていこうとも考えたが、それはきっと彼を困らせてしまうだろう。


「……そういえば」


 前に書斎を掃除した時、魔力の込められたインクがあったはずだ。例えば子供みたいに、魔法を上手く使えない人のための道具らしい。


 こっそり書斎へ行き、インクと羽ペンを拝借する。ファルはリビングで本を読んでいて、特に私の様子を気にしていない様だった。


 自室に戻ると、紙には何も書かれていなかった。ペン先をインクに浸し、ダメ元で紙に文字を書いてみる。


『ロキさんにお願いがあります』


 すると紙がインクを吸収し、文字が消えていく。しばらく待っていると、


『君はお願いするのが好きだね。いいだろう、言ってごらん』


 と返って来た。


『私は父親を探しているんです』


『父親?』


『私は元々非世界に捨てられていました』


『そのことは軽率に人に教えない方がいいんじゃないかな』


『でも、情報が必要なんです』


 大規模な処理課を経営している人だ。きっと幻想世界や非世界の情報も他よりは多く入っているだろう。


『可能性を整理していこう。まず、そのお父さんが幻想世界に住んでいる場合』


 こんなよく分からない、それでいて高度な技術で私は作られている。だから、殆どの確率で父は幻想世界に住んでいるだろう。


『その場合、情報は入りやすくはあると思う。こんな人形を作れる人間は中々いないから』


『見つかりやすいってことですね』


『その代わり、見つけても私側ではどうすることも出来ない。プライバシーとか面倒な制約がいろいろあって』


 情報が手に入っても自分で解決するしかないということか。でも、その覚悟はできているし元よりそのつもりだ。結局私と父の問題なのだから。


『そして、相手が非世界に住んでいる場合』


 この場合は私は魔法を使えない人間に作られたことになる。だが、その可能性はとても低いだろう。


『まぁそんなことは無いと思うけど、“私としては”そちらの方がありがたいんだよね』


『どういうことですか』


『非世界の人間に人権なんてあって無い様なものだから』


 それがさっき私に『軽率に人に教えない方がいい』と言った理由か。


『プライバシーとか全部無視して、沢山痛めつけた後に君の情報を吐き出させればいい』


『痛めつけるメリットが分かりません』


『楽しいからに決まってるでしょ』


 軽蔑と彼に相談した後悔で、何と返事をすればいいか分からない。血が通っていないとは言え、娘……の様な存在の私にそんなことを言うのか。


『その分非世界の情報は入って来にくいから、探すのには長い時間がかかると思うけど』


『いくらでも待ちます。それに、私の方でも情報は集めますので』


『うん、とりあえず今私が言えるのはそんなとこかな。此方でも当たってみるよ』


『ありがとうございます』


 それで返事が途絶えた。私はペンとインクを書斎に戻して、リビングのソファーで本を読んでいるファルの隣に座る。


「ん? どうした?」


「そろそろ寝たくて」


「あー、もうそんな時間か」


 時計を見ると二十三時を指していた。


「寝るかぁ」


「ファルさんファルさん」


「んー?」


 伸びをして、眠そうに此方を見る。


「今日は人間って、仲間って言ってくれてありがとうございます」


「あぁ、そんなこと」


 どうでもよさそうに言って、私の頭をわしゃわしゃと撫でてくれる。


「お前は家族の様なもんだから、当然だろ」


「家族……」


 さっきの父親についてのやり取りが思い出される。


「そ。だから気にすんなって」


「それじゃあ寝ようぜー」と、ソファーから立ち上がった。


 このままファルと“本当の”家族の様な関係を築けたら。それはきっと幸せなことだろう。


 私も立ち上がり自室へ向うファルを追いかける。すると。


『□□は僕の家族だ』


「――――っ」


 激しい目眩と共に、どこかで聞いたことのある声が聞こえた。平衡感覚を失いその場にしゃがむ。


「お、おい!? どうした!?」


(今のは、何――?)


 すぐに目眩が収まって、再度立ち上がろうとする。


「疲れたのか……? 本当に大丈夫なんだな?」


「え、ええ。ちょっとふらついただけです」


 さっきの声は何だったのか。考えようにも、もう思い出せなくなってしまった。まるでそこだけノイズが走っているかの様に。


(とにかく早く寝よう)


 私はこの不思議な出来事に蓋をした。そうだ、次起こったら考えたらいい。


 こうして、私はこの長かった一日を終えた。

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