第30話

 ◇ ◇ ◇




 建物の外に出ると日が暮れかけて、空はオレンジ色に染まっていた。


「……で、どこまで見たんだ?」


「燃える悪夢の事件を見せてもらいました。ロキさんの記憶という形でですが」


「六年前のあれか……」


 額に手を当てため息をつく彼に何と言えばいいか分らない。過去が無い私と重い過去を持っている彼。『お前に何が分かるんだ』と一蹴されたらそれで終わりだ。


「本当にごめんなさい。一人で行動したのも、貴方の過去を見てしまったのも」


「別にそれはいいんだ。いや、恥ずかしいけど」


「恥ずかしい?」


「ほら、六年前だろ? 今の俺ってあの時より老けてたりすんのかなぁとか」


「そんなことですか……」


 これは嘘だ。冗談で流そうとしている。私としては、今彼が思っている本当のことを知りたい。


「ファルさん」


「んー?」


「本音を言って下さい」


「ううん……まぁ別にいいけど」


 彼は自分の頭をガシガシと掻いて、「あぁー、うん」と小さく唸った。


「まず、お前が一人であいつの所に行ったのは本当になんとも思ってないよ。寧ろ喜んでるっていうか」


「どうして?」


「何気に今回が初めてだろ。お前が“自分の意思で”大きな行動に出たの」


「大きな行動……」


「命懸けだろ、あんなの」


 実際、最後は殺されるのかもしれないと覚悟した。でも、ファルのためならそれでもよかった。


「でも、直接聞いてくれた方が、もっと嬉しかった」


 俯きぽつりと呟いた彼の表情は分からなかった。


「私は」


 ここまでしなければ、貴方は教えてくれなかっただろうから――。


「いや、ありがとう。にしても形がどうであれ、アイツが謝るなんて思わなかったな」


 意外そうなトーンで話しているが、言葉はとても冷徹に聞こえる。顔も無表情で少し怖い。


「お前、アイツの信念を聞いたか?」


「信念?」


「『人は生きている以上、その命に感謝しなければならない』」


「彼がそれを言っているのですか?」


「ああ、以外だろ? どの口が言ってんだか……」


「でも」と、ファルは言葉を続ける。


「だからこそアイツはああいう性格なんだ」


 『命に感謝している人間を殺すのが楽しい』、『最底辺の生活をしていても、命を捨てずに醜くもがく姿が面白い』、『命に感謝している人間が堕落になった時の絶望感を想像するのが愛おしい』。


「それが、アイツが気持ちよさそーに堕落を殺している理由」


「……要するに、相手の心を踏みにじることが好きなんですね」


「多分。だけどそのおかげで今、俺は生きていられる」


 意味が分からないが、ロキの記憶の中で言っていた台詞を思い出す。


『その気持ちを忘れなければいいよ。忘れなければ、これからも生きていけるだろう』


『…………そうだな』


「俺はアイツの性格を知っているから。そして俺はアイツに助けられたから。だから、死ぬわけにはいかない。死んだらアイツの信念に負けたことになる」


 性格が歪んでいるのは置いといて、どれだけの犠牲を払ってもロキは生きている。命を全うしている。


 そして、それはファルも同じだ。ロキに助けられた分、彼はニルとクエレを見殺しにしてしまったことから逃げずに、今でも堕落退治を続けているのだろう。


「まぁ、それでも俺が弱いから、こうしてお前に助けられてるんだろうけど」


「弱くないですよ。……今、ファルさんとこの話が出来てよかった」


「なんで?」


「さっき、ロキさんが謝ってくれるなら死んでもいいって思っていたんです。ほら、私、道具だから」


「そんなことは……」


「ファルさんが言ったんですよ。『道具としても扱わせてもらう』って」


「…………」


「でも、『生きてる』とも言ってくれました。本当に嬉しいです。ファルさんに“人間として”認めてもらえて、本当に」


「だー!」


 いきなり大きな声を出したのでびっくりする。怒らせてしまったのだろうか。


「何してんだよもう!」


「す、すみま」


「クオンに言ってねぇ! 自分に言ってるんだよ!」


「どういう意味ですか……」


 彼は私に向き直り、両肩をガッと掴んだ。


「俺の中ではもうお前は人間! 最初にあんなことを言ったのはお前のことを理解していなかったから!」


「……はぁ」


「お前は優しいし、賢いし、可愛いし、人のために命を張れるし。素敵な人に違いねぇ」


 捲し立てる様に褒められ、動揺と照れが頭の中でぐるぐる回る。


「だから……」


「……だから?」


「…………」


 ファルの次の言葉を待つ。彼はとても言いづらそうにしている。


「だから、お前だけはもう俺から離れないでくれ」


「……」


「もう、大切な仲間を失いたくないんだ」


 暗い顔をしてそう呟き、そのままスタスタと歩いて行ってしまった。


「あ、待ってファルさん!」


「俺の後ろで歩くな、隣にいろってー」


「それならなんで足止めないんですか!」


 急ぎ足で追いかける。彼はにこやかに笑いながらすぐに歩調を合わせてくれた。


「今日の晩飯何がいいかなぁ」


「今日は魚が食べたいです」


「だよなぁ。やっぱり肉……ん? 魚?」

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